第15節 浮かれた小娘
「いやぁ〜、その落し物は届いてないでやんすね〜。見つかったら知らせるでやんすよ」
茹でたジャガイモみたいな顔と体型をした兵士はそう言った。
王都の治安維持は騎士団ブルーゲイルの二番隊ナイトランサーが請け負っているが、それだけではカバーしきれないところはエルファームに仕える兵士たちが一役買っている。
ジオたちは兵士たちが勤める詰め所を回り落し物がないか尋ねたが、返ってくる答えはみんな同じようなものだった。
一昨日暴走した大通り沿いもくまなく探し回ったが、どうにも見つけられない。最中、ジオが飲んだくれのじいさんとガチンコ勝負をしたり、ルルが通りすがりのお姉さんにテイクアウトされそうになったり、コリーがそんな2人を眺めながら優雅なティータイムとシャレ込んだり、まあ、色々面白イベントはあったが、結局手がかりさえつかめなかった。
「これだけ探して見つからないなんて、これはいよいよ諦めた方がいいんじゃない?」
円形広場の芝生に座り込んでコリーが冷酷に言う。
「もうちょっと……もうちょっとだけ、探してみようよ」
ジオの焦燥に駆られた顔をうかがいながら、ルルがコリーに言う。ジオはといえば、なにか見落としがないか考えているのか、それとも打ちひしがれているのか、頭をかきむしるポーズのまま動かない。
(ジオさん……よほど大切な手帳なんだな……大切なものがなくなっちゃうのって寂しいよね。辛いよね。誰にもそんな気持ちになって欲しくないな……)
と、ルルがジオのためにもっとがんばって探す意思を固めているとき、
(これだけ探して見つからないなんて、一体どこに行っちまったってんだ。見つからないだけならまだしも、誰かに拾われて中身を読まれでもしたら……! ああっ、考えるだに怖ろしい! そのときは、いっそそいつを殺してオレも死ぬっ!)
ジオはぎらぎらと追い詰められた獣のような形相をしていて、ルルはぎょっとした。
「……あの〜、ジオさん……」
「……いや、でもオレが死ぬのは嫌だ! オレは死なずに殺してやるッ!」
「く、口に出ていますよ、ジオさん! 落ち着いて、落ち着いてください〜」
「おお、ルル、すまん。大丈夫だ、オレはからっきし冷静だ。タップダンスだって踊れる」
「……。……えと、その手帳はそんなに大切なものなんですよね。なにが書いてあるんですか?」
ルルはとりあえずなんでもない話題で場をもたし、ジオの興奮を冷ますつもりだった。だが、それならば手帳のことを聞いたのはまずい失敗だった。ジオは、視線だけで人を殺せそうな、酷薄な笑みを浮かべて、
「手帳の中身は、お前が知らなくていいことだ。いいか、見つけても、中身には一切触れずに、オレに渡せ。それが、オレたちが将来にわたって良好な関係でいるための、最良の方法だ。もし万が一、忠告を聞かねーのなら、お前を……どこぞの大きな木の下に埋めて、この木が美しい花を咲かすのは、死体が埋まっているからだという詩的な叙情文で世間を感動の渦に巻き込む。わかったか……ル」
ゴツン。
「わたしのルルちゃんを脅すなよ、この情緒不安定男」
興奮を抑えきれずにルルに詰め寄るジオの後頭部に、コリーは一撃食らわせると、広場近くの売店で売っているエルファーム名物花蜜ジュースを、ルルに向かい打って変わった満面の笑みを浮かべて差し出す。
「はーい、ルルちゃーん。これでも飲んで、一休み、一休み」
エルファームの花の国という別称は花の栽培が盛んなところからもきていて、街のいたるところで見目美しい多様な花々が咲いている。花壇の花々は季節によってその顔ぞろえを変え、花蜜ジュースも同じように配分が変わる。花蜜ジュースは視覚や嗅覚だけでなく、味覚でも四季を感じることが出来るエルファームではポピュラーな飲み物なのだ。
「ありがとう、コリーさん……でも、なぜストローが二本?」
陶器製のコップには黄金色の液体がなみなみと注がれていて、植物の茎を乾燥させたストローが二本ささっている。
「え、それはぁ〜……」
ひどく嬉しそうな顔でにやけて、コリーは段々とルルににじり寄る。「わたしとルルちゃんで一緒にちゅーちゅー……」と言いかけたところで、ジオが間に入って強奪した花蜜ジュースを一気飲みした。
「ぷはっ……うん、美味い。甘すぎず、くどすぎず、のどごし爽やか。レモンが少し入っているな、あとミョウガ。金牛の月の花蜜ジュースはホットでも美味いぞ」
「人が買ってきたものを勝手に飲んで、味評価するなー」
「あ、ルルは潤秤の月のものが好きです」
「ルルちゃん……違うでしょ」
コリーは脱力した、が、それも一瞬。
「コリーさんは何月のジュースが好きですか?」と、ルルが聞いた途端、
「はーい、はーい、わたしはなんと言っても処女の月! やっぱり処女ですよ、処女! 乙女の瑞々しく、汚れを知らぬ肉体を思わせる甘美なおつゆ。身を焦がすような情熱のこもったドロドロのエキス。口に含むだけで、とろけそうになって、熱々に温めれば、喉を焼くような快感のパルスが芯までズキュンと火照らせて右脳が爆発ドキュンなのよーっ!」
一人で盛り上がる十三歳の少女を見つめて、ジオがルルに聞く。
「あいつ、本当に女か」
その言葉を耳ざとく聞きつけて、
「失敬ね! わたしはオヤジじゃないわよ、女の子は好きだけど」
「聞いてねーよ。あんまり叫ぶと誤解されるから静かにしとけ」
さっきは自分だって物騒なことを叫んでいたくせに、そんな事実はおくびにも出さずジオはいう。
そんな二人のやり取りを傍から眺めながら、ルルは、
(えーっとぉ……つまり……どういうことなんだろう?)
箱入り娘のようにコリーの一連の言動を全然理解していないのだった。