第13節 うるさいやつは振り払う
「なぁんだ、そっかぁ、じゃ、本当にほとんど覚えてないわけね、嘘じゃなく。うーんと、じゃ、後はビクトレガーさんちの娘さんか、もしくは……」
ノートンは明らかに落胆して、ため息を吐きつつ、取り出したメモ帳を確認する。そのうちに鐘の音が響いて、講義五分前を告げた。思い思いに過ごしていた学生たちは、打って変わって生きる屍のようにのそのそと席に着き始める。ノートンも自分の組の教室に帰ろうと扉に手をかけると、一足早く赤銅色の髪の誰かが飛び込んできた。
「お、ジオ君。ちょうど良かった。是非、馬騒動について詳しく話を……」
「知るかぁ!」
ドギャン。
乱暴に払いのけられ、きりもみ三回転。教壇にある段に頭をぶつけて動かなくなったノートンにはまるで構わずに、突然の闖入者に興味津々の視線を送る人並みを押しのけてジオはズンズン進んでいく。隣の教室の子だ、と誰かが言った。エルファーム支部最年長の学生は、学部内でも有名だ。
「おい、ルルっ!」
「はっ、はい!」
いきなり怒鳴りつけられて起立するルル。目線の高さはほとんど同じ。
「……ぅわ、やっぱり小せえ」
「黙ってろっ!」
横からのヤジを一声で黙らせると、
「ルル、一昨日のあの後、なにか拾わなかったか! こう……なんか手帳のようなものだ!」
「手帳……? いえ、知りませんけど」
ルルの答えを聞くや否やがっくりとあからさまにジオは脱力した。
「なにか無くしたんですか?」
「ああ、多分、一昨日のあのときだと思うんだが、見つからないのだ」
「それって光るの?」
コリーの言葉にジオは逡巡して、
「光らない。皮製で金具もついてないし。それとも光るのか?」
「いや、だからそれを聞いているんだけど。光り物なら例の事件に関係しているかもしれないじゃない?」
巷を騒がせている一連の失せ物事件ではないかとコリーは言う。ジオは考えを巡らせ、
「くそっ、どこに行ったってんだ」
「そんな大事な物なんですか?」
「ああ、言うなればオレの魂とも呼べるような大切なものだ! あれがもし他人の手にわたるようなことがあれば、オレは……ああああああぁぁあああ! 死ぬっ! 考えるだに死にそうだっ!? むしろ殺すぞっ!? てめえらっ」
「錯乱しないで下さいっ!」
「そうですよ、そんな大切なものなら、ルルも探すの手伝いますから」
「本当かっ!?」
噛み付きそうな勢いでジオがルルに詰め寄る。
「は、はいっ! もちろんですよ」
「よし、それでこそオレが見込んだ男だ!」
「なに言っているのよ。ルルちゃんはれっきとした女の子です!」
「はぁ? なに言ってやがる。ルルが女の子だって!」
「ルルちゃんはどこからどう見ても女の子でしょう。頭のてっぺんからつま先まで! ……え、なに? ルルちゃん何か御用? いや、ダメよ、告白なら後で二人きりの時に」
「いや、あの、ルルは男の子なんだけど……」
「え、なに? 今なんて言ったの、ルルちゃん?」
「え……だ、だから、ルルは男の子です〜」
自分の顔を指差すルル。
まじまじとルルの顔を眺めるコリー。びっくりして止まる周囲の面々。沈黙は続き、
『な、なんだってぇぇぇ!!』
爆発した。
「お、お前、男だったのかぁ! さては、オレを騙したなぁ!? くそっ、くらえ必殺! ジオライトビーム!」
「え、今さっき男だって言ってたのに! それにビームってなんですか!」
「ひどい! ルルちゃん。わたしを騙してたのね!」
「おのれぇ! 僕の純情を踏みにじりやがってぇ!」
「あらん。ルルちゃんもあちきの仲間だったのねぇん♪」
収拾が着かない大パニック。教室中が騒然。叫び狂う者、泣き出す者、どこからか武器を取り出す者、様々に声が飛び交い、さながらここは紛争地域。
ここで一つ説明を入れておくと、ルルちゃんは思わず女の子と間違えてしまう程かわいい男の子だという事だ。説明終わり。
で、当のルルはと言うと、事態に着いていけずに困惑しておろおろしていた。混乱して思わず叫ぶ。
「な、なんだよぉ〜。学期の初めに挨拶したじゃないか〜」
『あ、そっか』
全員がぽん、と手を打って納得した。