第12節 仲良くするには訳がある
先生が座る教壇を中心に、後ろに行く程高い段が放射状にあって、段に三台ずつ曲がった長い机が置かれている。生徒は自由に席を選んで座っていいのだが、一番下段で一番前の中央の席にルルはいつも座る。つまるところ教壇の真ん前。講師先生の声が聞き取りやすいので、ルルは前に座るが、他のクラスメイトは大抵後方の席を集団で陣取るため、席はほぼ定位置になっている。
「おはよう。ルルちゃん、今日も早いね」
「おはよう。コリーさんこそ、早いね」
栗色の髪、前髪は開いて後ろは首元で切りそろえ、額に白地のバンダナをしている少女。歳はルルと同じ十三歳。黒目がちな瞳をくるりと向けて、コリー・アッタイム・ゴルビチョフは話しかけてきた。
もはや日課となっている挨拶を交し合うと、ルルは草色のポーチから筆記具を出しながら、ふと手を止めて、ため息を一つ吐く。
「どうしたの? ルルちゃん」
「……あ、うん。ううん、なんでもないよ」
そう言って、また一つため息。汚れを知らぬ少女のような横顔に、陰がさす。 「あらら、ルルちゃん水臭いなぁ。私には言えないの?」
「ううん、そうじゃないよ。本当に、なんでもないことだから、気にしないで、コリーさん」
微妙に他人行儀にもとれるルルの態度。幼い容姿と言動に、たまに垣間見える馴れ合わない大人っぽさ。
(ああん、ルルちゃんてばなんてつれないのーっ。入学当初からずっと肩を並べて勉強してきたっていうのに! でもでもぉ、そんなルルちゃんにトキメキラヴはぅあーと止められないの! 負けないわ、きっと、そのうちわたしに振り向かせてみせるのよっ)
隣に座る仲良しのクラスメイトが、自分を対象にときめきとせつなさに揺れる心情を楽しんでいるとは思いもせずに、ルルは自分の細腕をみやる。男性として未発達の体は、華奢で頼りなくて、一昨日ルルの体を走りながら抱き上げて更には放り投げたジオの腕とは大違いだ。ジオは四つ年上だが、四年でジオのようになるとは到底思えない。そういえば、昔から、ジオは腕っ節が強かったような気がする。体のつくりが違うのだろうか。
浮かない顔したルルのはかなさを堪能していたコリーだったが、そうもしていられないと我に返り、ルルに親身になるべく声をかける。
「そんなこと言わずにさ、話してみてよ。それで、解決できるとは限らないけどさ。人に話すと、気が楽になることもあるかもしれないよ」
「うん……」
「わたしたち、友達じゃない。なんでも相談に乗るからさ。あ、でも、わたしが困ったら、そのときはルルちゃんが相談に乗ってよね?」
恩を着せるつもりなどまるでないかのような茶目っ気たっぷりの調子で、コリーが言う。ルルは裏のある厚意に気づかずに友人の言葉に感謝する。
「ありがとう、コリーさん。それじゃあ、少しだけ聞いてくれる?」
内心、コリーが拳を打ち鳴らしたところで、
「おいおいおいおい! いたいた、ルル君、聞いたよ〜。どう、楽しかったかい〜?」
細長い顔に軽薄そうな顔をはりつけた金髪の男が、席に駆け寄ってきた。コリーはぶすっとした顔になる。
「え、なにが?」
「なにがって、決まっているじゃあないか。一昨日の大通りの騒動、ルル君、君もいたんだろう?」
この男、ノートン・マレイ。学士院一おしゃべりな男で、様々な情報をどこからか仕入れてきては無節操に吹聴してまわる、共同住宅地に一人はいる主婦のようなやつである。学士院で噂を聞けば大抵の出所は彼と決まっていて、挙句ついたあだ名がゴシップ・ノートン。
「ちょっとぉ、ノートン。ルルちゃんがそんなことに関係しているわけがないでしょ! 言いがかりはやめてよね」
「いや、あの……コリーさん……」
「言いがかりじゃない。今回の情報は確実だよ。まぁ、情報源は秘密ですがねー。これ、ジャーナリストの鉄則」
「そんなこと聞いてないわよ。とにかくっ! ルルちゃんはネタにされるようなことは一切していませんから!」
「もしもーし……」
「なに、ルルちゃん」
「え、えと、一昨日、いました。ルル……」
唖然とするコリーに対して、ノートンはパーっと顔を輝かせる。しかし、ルルが気絶してほとんど覚えてないことを告げると二人の表情は逆転した。