第11節 親思い
翌々日、ルルは、むやみやたらにハイテンションな母親に見送られて家を出た。昨日の騒動の最中の記憶はほとんどない。断片的な叫び声が耳に残ってはいたが、後からツララたちから詳細を聞いてその想像以上の結末に驚いた。気絶していながら落馬しなかった幸運を双子の運命神に感謝した。
ルルはくるぶしまですっぽり隠す紺色のローブを着ている。学士院で着用を推奨されている厚手のローブは、起きるかもしれない不測の事態から生徒を守るよう設計されている。ルルのローブは成長を見越して大きめのものを用意したのだが、いまはまだむしろローブに着られているようなだぶつきが目立つ。ローブの下には、いつも通り金属製のリング。草色のポーチを肩からかけている。
「あ、ルルちゃん、今から学校?」
通りを歩いていると、ちょうどツララが路地から出てきた。ツララの家はルルの家から通りに斜線をひいた辺りに建っている。小さい頃はあのフブキの悪名のおかげで「あそこにいるおじさんには近寄ってはいけないよ」とよく言い含められた。そんな家に住む女の子と、子供たちは好奇心から親の目を盗んでこっそり会話を交わしたり遊んだりしたものだった。
「はい。ツララさんはこれから王宮ですか?」
「剣の訓練に休みはないからね。あー、でも離れてみると学校も懐かしいな」
エルファームは国民の教育にも力を入れていて、学士院に援助してエルファーム支部を設立させた。望む者は格安の費用で教育を受けられ、才能ありと認められた者はその先に行くこともできる。おかげで、エルファームは他国と比べ教育水準が高く、特に庶民の識字率の高さに顕著だ。
ツララもルルと一緒に初等学部で机を並べていた時期もあった。
「でも、わたし、ルルちゃんみたいに頭よくないからねー」
「そんなことないですよー。ルルなんてまだまだです」
「そんなこと言って。知っているんだよ、このあいだの試験でも一番だったって、ママさん大喜びしてたし」
ルルは赤面してしまう。目立つのは、少なくとも母親の足元にも及ばないほど、得意ではないし、褒められるのも全身がこそばゆくなってしまって、全然慣れない。
それから、ルルとツララは世間話をして途中で別れた。ツララは夕方には、駐屯所の牢に父親を引き取りに行くという。世話が焼ける父親だと憤慨するツララに「でも、良かったですね」なんて言ったら、ツララは照れ隠しかルルの髪をくしゃくしゃとかき回して「あんなのでも父親だからね」なんて答えた。
正直うらやましい。
でも、ツララには母親がいないのだから、それは的外れというものなのだろうとルルは思う。ルルに父親がいないように、ツララの家にも事情がある。どっちがいいか、という問題ではない。
(やっぱり、お父さんがいるとかっこうよくなれるのかなぁ。剣の訓練した方が、やっぱり男の子らしいよね。でも、ルル、あんまり怖いのは好きじゃないし……)
そんな風にルルが悩んでいるうちに、学士院へと到着した。
白い漆喰で壁を塗り固められた、塔の三本突き出た三階建ての建物。
紋章術と呼ばれる魔術の理論体系を研究、解析し、それを扱う紋章術師を育成する公的機関にして伝統ある智の伝道学問所。そのエルファーム支部だ。
紋章学部オレンジ組の教室には朝早いせいかほとんど人はいなかった。