第9節 魚屋ご乱心
その後一向は、道端に積み上げられた貿易品をふっとばし、花屋の植木鉢をいくつも蹴り上げ、発作のためにうずくまっていた老人と老人に駆け寄ったローブ姿の少女を避けて盛大に魚屋につっこみ、それでも勢いは衰えることはなく、ぶちきれて大魚をさばくための大包丁を持ち出してきた魚屋を加えて、ツララに遭遇するに至った。
「いっそ、このまま王宮に乗り込んでやるかぁ」
「楽しそうに言わないでよ、父さん!」
「冗談じゃなく、そうなりそうだぜ、くそ! オレを逃がせよ、おっさん!」
「嫌だ。一緒に果てまで行こうじゃねーか。あ、ほれ、ツララにも」
「え? なになに?」
「極太のワイヤーと釣り針で三人の体をつないだ。一人だけ逃げようとするとか、一人を犠牲にするとか、下手を打つと三人まとめて酷いことになるぞ」
「こんのクソオヤジぃぃぃ!」
と、そこで馬のひづめの音が重なっていることに気づく。疾風のような速さで白馬が今にも追いつかんとしていた。
ぶれる視界の中で、白馬の背に二人の姿があるのを、ジオたちは見た。花の刺繍の入った皮色のローブを着た者が手綱を握っていて、その後ろの人物に目を移すと、まるで空を見てしまったかのような印象を受ける。青い人。
白馬はまもなく暴れ馬に追いついて、横にぴたりと並んだかと思うと、後ろに乗っていた青い影がひらりと暴れ馬に飛び移った……かに見えたが、勢い余って落馬しかける。引き寄せた手綱をつかんでなんとか姿勢を整えて、手綱を引っ張る。
暴れ馬はいななき、背にある邪魔者を振り落とさんと後ろ足で立ったりして抵抗を見せたが、青い影はルルが落ちないように押さえて、片手で器用に裸馬に乗って手綱を操る神業を見せ、馬はやがてブルルと一つ大きな身震いをしたかと思うと大人しくなった。
「た、助かった……」
「いいや、まだ終わってねえぞ!」
ほっと一息つきかけたところで、声を張り上げたのは魚屋の兄さんだった。ジオたちはもうすっかり存在を忘れていたが、肌も浅黒く、見るからに漁師風情の、威勢の良い魚屋もずっと追いかけてきていたのだった。
「これだけの騒ぎを起こしといて、ただで済むと思ってんじゃねえだろうな。おうおう、どうせ、てめえが原因なんだろうが、フブキ!」
「いや、こいつが悪い。このガキだ。こいつが全部仕組んだ」
「なっ!? 嘘つくなよ、おっさん! みーんなあんたのせいだろうが!」
互いに相手の罪を主張するジオとフブキを見つめていたが、魚屋はやがて業を煮やして猛々しく叫ぶ。
「うるせえ、こちとらどっちでも構わねえんだ! こうなりゃ、両方バラしてやらぁ!」
『ぎゃぁぁぁ』
魚屋はよほど自分の店を荒らされたのが腹に据えかねたのか、ぎらぎらした瞳で、一メートル三十はある大きさの大包丁を振りかぶり、袈裟懸けに叩きおろす。豪快な一撃はその刃先にあるものをぶちっと分断してしまう。ジオは前にこの魚屋が解体する様を見たことがあるが、鉄のように硬いとされる鎧魚がたった一振りでまな板ごと別れ別れになって、首と分かれた胴体の断面は、骨も皮膚も赤い肉もきれいな層を露出していたものだ。自分もそんな真っ二つになってしまうと思った。
グワガッ、と音がして、石材が砕けた。