桐生要の損得感情 第02件 電波乱闘事件
話は一気に進みます。
事件と銘打って進もうと思い、この題名ですが…。
事件は分量的に半分もないという状況はいいのか自分ルールだからと甘えるのか…。
うーん。
あ、
出てくる田嶋君は変態です。
気にする方はスっとタブを消しちゃうか、backの方向で…。
児島第一高校、校長室。
その一室で普段は尊大な態度を崩さない校長が、体を縮ませてある男と対峙していた。
「それで…本日はどういったご用件で…、警視総監?」
校長は目の前の男が相当に恐ろしいのだろう。額には脂汗をにじませている。
「何、そんなに大した話ではないのですよ。」
警視総監、神崎直人は紳士的な微笑みを浮かべながら、前に用意された紅茶のカップに手を伸ばした。
「さ、左様でございますか…。」
校長はぎこちない笑みを浮かべ、上目づかいで神崎の次の言葉を待つ。
神崎はカップから口を話してテーブルに置くと、おもむろに口を開いた。
「こちらの桐生要さんについてお聞きしようと思いまして…。」
「はぁ…、桐生要ですか…。」
校長は正直拍子抜けした。一生徒である桐生要の名を校長は知っている。しかし、それは担任教師の口から洩れ訊いた優等生の名であり、そのくらいしか知らなかった。
「えぇ、彼女はどのような生徒ですか?」
神崎は持ち前の人に安心感を与える笑顔を絶やさず、ずいと体を前にせり出した。
「彼女は非常に優秀な生徒だと聞いております。成績も大変よく、ただ体育の成績は他の筆記科目に比べれば多少落ちるようで…。」
「あぁ、そのような話ではなく。そうですね…、彼女の人柄や人となりをお聞きしたいのですよ。」
「はぁ、では彼女の担任から詳しく聞きましょう。」
校長は担任を呼びに行くように指示を出した。
「少し外すから、自習をしていなさい。」
担任が別の先生に呼ばれて教室を出て行った。担任の状態は『焦り、不安』。何かがあったのだ。
「何があったんでしょうね。」
私の隣の席の男が話しかけてくる。小柄な男だ。私より背が低い。周りは彼を『癒し系』と呼ぶが、私はこの男が苦手だった。いや、苦手というか理解できないと言った方が正確だが。
「さぁね?」
「『見え』なかったんですか?」
そう、この男は私の能力の内容の一端を知っている。そういう意味でもこの男をどうにかしたかったができない理由があった。
「…あんたこそ何か『感じ』なかったの?」
当然、私は彼の能力を知っている。その意味不明な能力内容も…。正直、そんなに恐れる必要もないと思うのだけど…。
「僕の能力は漠然とした未来しか感じ取れませんが、…ただ『おもしろくなる』と。」
彼、田嶋瞬は笑った。その笑みはいつもの『癒しの微笑み』ではない。非常に悪魔的で、これから起こる『おもしろいこと』が楽しみでしかないという欲望に染まりきっていた。
「…あんた怖いよ。」
「そんな!僕、こんなにも要さんを大切に思ってるのに!」
「さりげなく名前で呼ぶな、下僕一号…。」
私は不機嫌な調子でいつもの呼称を用いる。
「はい、桐生様。」
…田嶋の頬が紅潮しているのは気のせいだと思いたい。私はうれしそうに笑う意味不明な動物から顔をそむけて、窓の外の景色を眺めるふりをしながら、田嶋との出会いを思い出していた。
あれは、『箱』落下の翌週のことだった。
『一条秀則事件』の話題で皆が騒いでいる中、私は出来るだけ人を避けた。私は勝手に目に入る情報の波に酔ってしまうからだ。
しかし、中々一人になれる場所が無い。そうやって学校中を練り歩くうちに、人の情報に『能力名』の欄がある生徒が複数いることに気が付いた。
『この学校内にも能力者がいる』
その事実を知った私は周りの生徒ほど能力者について騒ぐことはできなかった。
特に、『俺は実は能力者なんだぜ!』『あぁ、俺も俺も!』という今はやりの掛け合いにも参加することはもちろん、いたたまれない気持ちになるので聞くことすら難しかった。
その度に、体を反応させる本物の能力者が不憫で見てられなかった。
「結構辛いわね、この生活…。」
私は立ち入り禁止になっている屋上でため息をつきながら空を見ていた。この落ち着きスポットを発見するまで長かった。
南京錠で施錠されていたが、錠に表示される番号に合わせれば簡単に開けることが出来た。この時からここは私専用のスペースとなったのだ。
どうやら今日は一日中晴れらしい。…というか放射線量とか表示されると外出歩きたくなくなるんですが…。とぼんやり考えていると、私専用であったはずの屋上に入り込む人物がいることを知ることになる。
「…桐生要様、ですね?」
後ろから突然かけられた声に私は異様に反応してしまい、勢いよく振り返るが、目線の先に人影がなかった。そのことが私にあいつに対する感情をトラウマのように植えつけたに違いないと確信している。
「…下です、下。」
私が下を向くとそこには笑顔で自分を指さす小男が立っていた。
「…あなた、誰?」
「僕は貴方の僕となる運命にある者です。」
彼は突然跪き、屋上の地面に伏せた。いわゆる土下座のポーズである。
「な!」
私はたじろぎ数歩下がる。
で、電波さんだ~!と思った私を誰が攻められよう。それに、この田嶋俊という男の評価は未だ『電波男』で変わっていない。むしろそれを補強するエピソードに事欠かなかった。
「こう申し上げても理解されないであろうことは承知しておりますが、そうとしか申し上げられません。ただ僕には分かるのです。」
以前の私ならばこのようなセリフを言われても、鼻で笑っていい病院を紹介しただろう…。しかし、信じられる証拠が文字通り浮かんでいたのだから信じるしかなかった。
『能力名:既に起こった未来、英語名:previously-experienced tomorrow、内容:未来の出来事を過去のように感じられる、その感覚は遠い過去の記憶を思い出すかの如く曖昧であるが確かである。』
…これは確かにそうとしか言えないだろうが。
「僕って何よ…。」
私は頭を抱えながら絞り出すように言った。
「僕には分かりかねますが、でも確かにそうなのです。それも今、この時に私は貴方の僕となる『契約』を交わすはずなのです…。」
ニワトリが先か卵が先か。つまりはそういうことだが、こいつがこう言わなければ私はこの男とそんな『契約』は交わさなかったであろうし、交わさなければこの男はそんなことは言ってこなかっただろう。
そもそも、私がそんなことが出来ることを知るのは少なくともこの時ではなかった…。
「…『契約』?」
「えぇ、桐生様はその力をお持ちのはずです。」
この時の私はまだ、自分の能力を『情報を読み取ることが出来る』程度の能力だと思っていた。私は肉眼で見たものの情報しか読み取れなかったので、『鏡で見た自分』の情報は読み取れなかった。
「…まさかね。」
私は軽い気持ちで、田嶋の情報表示に手をかけた。すると文字が揺れてある表示が出た。
『変更には本人の許可か、パスワードが必要です。』
「…パソコンかい!」
思わず突っ込みを入れてしまう私を変わらない笑顔で見ている田嶋を見て私は赤面を禁じ得なかった。
おそらく今の反応すらこの男にとっては『既にあった未来』だったのだろう。
「…何よ。」
私は理不尽であることを承知で田嶋を睨み付ける。そんな理不尽な私を彼はただ微笑みを浮かべてこちらを見るだけ。
「…いえ、ただ懐かしいと、そう懐かしく思うのです。」
「…そう。」
私はそのまま、彼の『行動ルール』の欄に手を伸ばす。
そこには『逆らわず、阿らず、流れる水の如く』とあった、…何こいつ?
「…?どうかしましたか?」
「…別になんでもないわ。とりあえず、僕云々はなしの方向で…。」
「いえ、そうはなりませんよ。そういう未来ですから…。」
「でも、私はそんなことは…。」
私が何と言って田嶋を説得しようかと思案していると、屋上に再び招かれざる客がやってきたのである。
「…それで、桐生要はどういった生徒なのかね?」
神崎警視総監は校長室に呼ばれた担任にさっそく尋ねる。
「そうですね…。大人しいですよ。余り友達と共に過ごすところを見ることはありません。でも、孤立しているとかそういう感じでもなく、距離をとるという感じですね。」
「ほぅ、距離を…ね。」
神崎はあまり驚いた風はなかった。無言で続きを促す。
「彼女と特に親しい生徒はいないですが、彼女の近くに控えている男が一人います。」
「控えるとはまた変な…。」
「はぁ、変なのは変ですがそうとしか表現できないのです。」
「それで?」
「それでとは?」
「恋人なのかね?」
「はぁ、どうもそういうわけではないのです。男の方は話しかけやすい奴なのでそれとなく聞いてみたことがありますが、はっきりと否定されました。二人とも一部の生徒に人気があるようなのでかなり噂にはなっていますが…。」
担任は怪訝そうな顔をする。まず、自分が呼ばれたことが不思議だったし、この質問の内容が不可解だった。
「…ふぅむ。彼女を深く知る者はいないという事かね?担任である君も含めて。」
「はぁ、恥ずかしながら。」
担任は正直、担当の教室の生徒、一人一人の事情に精通しているわけがない。そんなことは現実的に不可能だ。
「彼女のことで特に印象に残った事件…、というほどの物でもなくてよい、出来事はなかったのかね?」
「あ!」
担任は思い出した。彼女のことで何かあるとすればそれしかないという出来事があった。
「何かあるのかね?」
「えぇ、しかしアレは彼女が何かやったという訳ではなかったのですが…。」
「なんでもいい!話したまえ!」
神崎は机を一叩きすると、紅茶のカップが音を立てて揺れた。
「あぁ?なんで屋上が開いてんだ?」
金髪のいかにも不良という男が入ってきた。それも複数。
「おぉ?誰かいるぞ?」
「わぉ、美人。」
「あれじゃね?この間の校内新聞の美人アンケートで三位だった奴。」
「あぁ、あの。でも誰も告れないんだろ?」
そりゃそうだ、告白する前に告白されているようなものだもの…。
書いてあるんだもの…。
断るの気まずいんだもの…。
何となくいたたまれないんだもの…。
逃げるんだもの…。
「そんで男と一緒か、どうやらお邪魔しちゃったかぁ?」
男どもは声をあげて笑った。しかし、顔はひきつっている。状態欄に『彼女無し』と書かれている。太字で目立っているのは気にしているからなのだろうか?
「っち!なんかムカつくなぁ、おい。本格的に邪魔してやろうか、あぁ!?」
…雲行きが怪しすぎるんですけど。
田嶋がうれしそうな顔をしているんだけども。
キタキタって顔なんですけども。
「…桐生様、契約を。」
「あんた、こんな時に何を…。」
「こんな時だからこそです!契約を。私の『知っている』未来ではそれで切り抜けています。」
「それで万事治まるの?」
「…えぇ、だからお早く契約を。」
「…分かったわ。」
私はそれでも大丈夫とは思えなかった。ここでのどのような行動をとっても助かるとは思えない。助かる行動をとるから助かるのだ。
どう見ても田嶋が戦えるとは思えなかった。ならば戦えるようにしなければならない。私が彼の特技欄に触れると先ほどの警告文が出てきた。
「あんた、実は武術の達人って設定どう思う?」
私は田嶋に問う。他人の情報をいじることの罪悪感がこの頃にはまだあった。
「最高です。」
田嶋が親指を立てて了承のサインをする。
「じゃ、あんたは今から『武術の達人で私を守る』ってことでよろしくお願いします…。」
「『はい』!」
私は震える指先で何とか変更ボタンを押した。
「屋上で乱闘?」
神崎は聞き直す。そんな事は報告書に書かれていなかった。
「えぇ、桐生はそれを見ていただけだったようですが、普段から素行の悪い生徒数人から暴行されそうになったところを傍にいた田嶋が助けたということです。」
「ふむ…。田嶋という生徒は何かやっているのかね?」
神崎は何かを殴る真似をする。
「いえ、特にそういった部活動の経験は無いようです。乱闘をしていたのは確かなようですが、その場にいた全員が気絶していたのです。それを見た医師は絶妙な衝撃を頭に与えないとこんなに跡が残らない気絶はさせられないということでしたから。私も何かやっていたのかと思い、彼の親に聞きましたが首を振るばかりでした。」
担任は首をかしげる。結局、深刻な事態に発展していなかったし、両者の間に手打ちがなされたこともあって、大きな騒ぎにはしなかったが、不可解な出来事だったのだ。
「…ふむ。その男も能力者と考えた方がいいかね?」
神崎はぼそりとつぶやいた。
「何か?」
「いや、こちらの話です。」
アレは正直、田嶋に嵌められたとしか言えないと思う。
親は呼ばれるし、正直やってられなかった。
後で児島の情報を元に戻そうとするができなかった。一度変更した項目は二度といじれないことをこの時知った。
私は再び隣の田嶋を見やると、あの日と変わらない胡散臭い笑いを浮かべている。そんな田嶋を横目で睨み付けるとこちらに気づいた。
「どうかされましたか?」
私は急にこの男が憎たらしくなり彼の両頬をつねって引っ張った。意外とやわらかく弾力のある頬っぺただった。
「な、なにすりゅんでふか~。」
そうしたやっと張り付いた笑みが消えたことに喜んで思わず笑ってしまった。
僕は不安の多いのが嫌だった。
だからいつも笑顔で人と仲良くすることを選んで生きてきた。
そして、先生や両親の言うことをよく聞いた。
その方がうまくいくことが多かったし、未来への漠然とした不安が少し和らぐ気がしたから。
それでも言い知れぬ不安に夜中に起きることも多かった。
少しでも不安になるようなことがないように周りに気を配っていたら、いつの間にか『いい人』とか『癒し系』などと呼ばれるようになったが、それは不安から逃げる逃避の結果だったように思う。
それが、あの隕石騒ぎの後、気を失い。目覚めた時に長い夢を見ていたような感覚。
初めそれは寝ぼけているのだと思った。
でも違った。見る物すべてが懐かしいのだ。
これ見たことある。聞いたことがある。感じたことがある。
これは僕にとって最高の喜びとなった。
全ては経験したことのある出来事への忠実なトレース。
不安によるストレスからの解放感。
それは、テレビで見た観光地と同じものを見て喜ぶのに似ている。
そんな喜びを表に出さずにいることが難しいほどだった。
僕が、スキップしながら学校に行くのを我慢し登校すると、そこには『運命の女』がいた。
僕はしばらく放心していたと思う。傍にいた友人に指摘されるまで、僕の頬を涙が伝っているのにすら気づかなかった。
『彼女だ!』
僕はこの人に仕える運命にある。そうはっきり感じた。
大抵の未来がぼんやりとしか思い出せないが、そのことは確実に分かった。
その時、その場で、気持ちを伝えたかったが、今がその時ではないことは分かっていた。
僕は我慢した。我慢して彼女のことを調べることにしたのだ。
その時まで、あまり彼女のことを知らなかったが、彼女のことを訊けば大抵の男子生徒は彼女のことについて饒舌に語ってくれたので苦労はなかった。
自分の仕えるであろう主人が褒められると少しうれしくなり、誇らしかった。
彼女が僕との契約で書き込んだのは『守ること』。
『武術の達人』なんかはおまけだ。
この書き込まれた事は消えないことは分かっていたが、黙っていた。
『守ること』。この命を僕は大事に守っていくだろう。
僕の不安のない生活のために。彼女は僕の『確定した未来』そのものだから…。
それが果たされないとき、僕の未来への不安は再燃するだろう。
そうはさせない。
僕を煙たがる彼女の傍を僕は離れない。
外を眺めていた彼女がこちらを向く。その時、黒い長く整えられた髪がさらりと流れるのを見て、やっぱりきれいだとぼんやり眺めている。
しかし、それをぼんやり眺めていてはいけない。
それでは知っている未来と違ってしまう。
慌てて前を向き、出来るだけ澄ました顔を維持する。顔を作るのは長年の修行でほぼ完ぺきだ。
彼女の方を見たいが少し我慢し、間をおいてから彼女に向き直った。
「どうかされましたか?」
僕は二ヤつくのを止めることは出来なかった。この後のご褒美を思えば自然そうなる。
「な、なにすりゅんでふか~。」
彼女が僕の頬をつねる。まず触れてくれたことがご褒美。その後に、メインのご褒美が待っているのを僕は知っている。ソレを楽しみに彼女の顔を見ていると…笑った。
未来も含めて彼女が笑うことは非常に少ない。僕は最高の褒美にしばらく酔いしれて頬をつねられたままでいた。
うん、僕は彼女の『下僕第一号』だ。
「桐生、田嶋。ちょっと来てくれ…。」
担任が呼ぶ。田嶋が言うには『おもしろくなる』らしいが、あくまで田嶋が面白くなるのであるから、決して笑えない。
私達は大人しくついていく。
「これから会う人の前では行儀よくしていろよ?」
担任が念を押しつつ私の方をやたらチラチラと見てくる。何か聞きた気である。
「…なんですか?」
「いや!なんでもない!」
担任はそっぽを向く着くまでこちらを見ようとはしなかった。
「失礼します!両名、連れてまいりました。」
担任がやたらかしこまって入室する。桐生はこれはどんな大物がいるのかと思えば見知ったおっさんがいたので渋面を隠そうともしなかった。
「やぁ、久しぶりだね。」
二度と見たくないと思いつつ先日、会った人物を見る。
「どちら様ですか?」
「ひどいな、この間お宅を伺ったはずだが?」
「あぁ、あの方ですか?もう二度とお会いすることはないと思っていました…。まさか、このような場まで入り込むような恥知らずな振る舞いはするまいと思っておりましたので。」
校長と担任が驚きの表情をこちらに向け、視線が桐生と神崎の間を行き来する。
「うーん、君があの提案を受け入れてくれれば私もこのようなことをしなくて良いのだがね…。」
「…あれは私でなくともいいはずです。須藤君を御せないのはあなた方の力不足でしょう?」
自分の失敗は棚に上げて問題をすり替えようとするが、今日の彼はかなり切羽詰っているようだった。
「そうもいかないのだよ。『能力者』排斥の動きは既に各所で始まっている。それに対する反発も当然あるだろう。」
「そうですね。」
「そうすると、我々はどちらも逮捕しなければならない。」
「してください。」
「そうもいかないのだ。今のように『能力者』、『非能力者』を二分するような考えが広まっていると、下手にどちらかを逮捕すると、いずれにしても反発を受け、争いは過熱する。」
「受けてください。」
「能力者の収容施設の準備もまだ整っていないのだ。捕まえても収容する場所が無い。警備体制の拡充は人員を増やすしか今のところないが、そうすると警察の日々の業務に差し支える。能力者捕縛に関してもそうだ。非能力者の収容人数も増えるだろう。そうするとパンク状態になるのだ…。」
「そっちがメインの理由ですか?」
「ありていに言えばそうだ…。『能力者』で構成される組織が『能力者』を取りしまる。能力者に対するイメージアップは国民感情を安定させるのに必要不可欠だ。そして、『能力者』に対しても抑止力となる存在を明らかにして犯罪件数を減らさなければならない。君はどことなく威圧感があるし…。」
桐生は神崎を睨み付けるが彼も必死でたじろいだりはしない。
「…能力者を抑える組織が必要なのはわかりました。」
「おぉ、では!」
神崎警視総監は思わず立ち上がる。それを桐生は手で制す。
「いや、引き受けるとは言いませんよ?それは何も私でなくともいいはずです。適当なやる気のある人を見つけてください。」
「いや、君でなくてはいけないのだ。」
神崎は神妙な顔で、確信をもって頷く。
「…?何故です?」
「君はどうやら、『能力者』を引き込む何かを持っていそうじゃないか。そこの彼もそうなんだろう?」
「…なんのことですか?」
「いや、先ほど君の関わった屋上の一件を聞かされてね。彼が能力者でなければ無傷で気絶だけさせるなんて器用なマネできる訳がないだろう?」
「…武術の達人とかなら何とかなるんじゃないですか?」
神崎は首を横に振りため息をつく。
「…君がそんな漫画のような発想をするとは。そんな高校生がいるというのかね?一般家庭に?」
「…。」
神崎は確信を深めるように何度も頷いた。そして田嶋の方に目を向ける
「君は『能力者』だね。」
桐生は神崎を睨み付け、目で語る。それを田嶋は満面の笑みで受け止めた。彼に彼女の意志は伝わったようであった。
「残念ながら…違います。」
「…?そうなのかね?」
桐生は明らかにホッとしている。しかし、その様子を見た者はいなかった。
「私は桐生様の第一の僕、単なる能力者ではない!」
桐生要がずっこけた。おそらくこれから将来も含めて見る機会はないだろう。それを見ることが出来たのは田嶋だけであった。彼はその結果に対し満足そうに恍惚の表情を浮かべる。
「…そ、そうか。やはりそうか…。君も彼女がふさわしいと思うかね?」
桐生は頭をあげられずテーブルに突っ伏している。
「いいえ!」
思わず頭をあげる桐生を横目に見ながら田嶋は続けた。
「桐生様がその程度の評価を受けるなど私には我慢なりません!」
「お前もう黙れよ!」
普段の彼女を知る者はその激昂した様子を…以下略。
「しかし!」
「お前、天然なのかわざとやってるのか!」
「大真面目です!」
「なお悪いわ!」
その様子を見て、先生たちは大きく口を開けている。当然彼らは桐生と田嶋が能力者であることを知らなかった。そのことを突然知らされなおかつ大人しい生徒の激昂を見せつけられて驚きを隠せない。
ただ一人、神崎警視総監のみが変わらぬ笑みを浮かべている。
「そうか、やはり君はやるべきだよ、桐生君。」
「嫌です。」
「そうか、では施設への移送準備をさせてもらうがいいかね?」
「な!」
「今回、内情を知られた能力者がもう一人いるから一人増える事になるけど対応可能だ。」
「あ、あんた。いいの?ばらすわよ…。あんたの弱みもすべて!いくら警察がサイバーテロ警戒してネット警察の人員増やしててもいったん配信された情報の伝播を防ぐことは…。」
桐生は携帯電話をかざし、ボタンに手をかける。
「構わないよ…。存分にやりたまえ…!」
「何…ですって!?」
「君は意外と子供だったな…。私の、いや警察の息の根を止めるのであれば、あの立てこもり事件の直後にすべきだったよ。あれから準備期間はいくらでもあったからね。もう私はやめても警察全体にダメージが無いようにはできた。君が何をやっても私の失脚で終わる…。」
「あんたはそれでいいの?」
桐生の声は震えている。信じられないものを見る目で神崎を見る。
「君は警察を舐めてるな?警察組織は英雄を生まないように作られているのだから、そのトップも代わりはいくらもいる。副警視総監もその使命を全うするだけの力量の持ち主だ。それだけ一定の能力を持った集団を相手にしていることを忘れるな。これが組織の力だ!」
「…何よそれ。馬鹿みたい…。そんな個人の人権無視して良いわけ?」
「個人の幸福より、多数を不幸から救うのが我々警察の役割だ。」
神崎の真剣な目を正面から見つめる桐生の姿を田嶋が目をかき開き見ている。余すところなく見て記憶しているかのようだった。
「…分かったわよ。ただし…。」
桐生は悔しさと決意をない交ぜにして混乱の極致にありながら、何とか自分の中で損得を勘定していた。
「ふぅ!」
神崎警視総監は大きくため息をついた。
「お疲れ様でした、警視総監。」
「あぁ霧嶋君、君もお疲れ様。君に唯の見張りを頼むのは気が引けたが…。」
「いえ、彼女の手下が暴れる可能性もありましたから当然の処置です。」
校長室の陰から一人の男が現れた。この男の存在に気づいていなかった校長がぎょっとする。
「君のような『忍』が現代に残っていることは半信半疑だったが…。本当にいるのだね…。」
「我々は『忍』ではありません。『特殊警護隊』です、警視総監。」
「そうかね…。ところで君は彼女をどう見る?こちらに牙をむくと思うかね?」
神崎は鼻白んだ様子で黒ずくめの男を見遣った。
「彼女は誇り高い人間であると見ました。おそらくすぐにも牙をむくかと…。我々のように狗には成りえないと思いますが…。」
「そうかね?私の見解はいささか異なるのだがね…。」
「…といいますと?」
「彼女は意味なく行動しない。それがストレスになるからだ。行動するのに大儀が必要なのだ、彼女なりのな。そしてその理由はもちろん自分のためだろうが、そのために他人を犠牲にすることはできない。そんな人間になり下がるのを良しとしないのだ。それが君のいうところの誇り高い人間であるがゆえに。故に首輪はつけられる。首輪があれば牙があってもよい。そうでなければ番にならん。」
「…そうであれば良いですが。」
「それにな…彼女は一丁前に条件を付けてきた。」
「えぇ、その条件を自分も聞いていたからこそ彼女はいずれ背くと思ったのですが…。」
「いや、私はその条件を訊いたからこそ彼女に任せようという気持ちを新たにしたよ?」
警視総監は校長室の窓から肩を怒らせて田嶋を後ろに置いて行きながらずんずんと歩みを進める桐生を見ていた。
「ただし、私のやることにケチをつけるならそれなりの理由説明をすること。それ以外のことは無条件で認めなさい。そのためにもしばらくあんたが警視総監をやめたりしたら承知しないわ!あと、私たちの仲間集めに関与しないこと!それと何と言っても私たちは子供よ!スマートな補佐役をつけなさい!ツーと言ったらカーとすぐに答えるやつよ!それ以外は認めないわ!最後に!教師をつけなさい!私たちは学生なんだから!まさか教育を受けさせないで社会復帰できなくさせるつもりはないでしょう?」
そういうと彼女は校長室のドアを後ろ手に勢いよく閉めて行った。その前に田嶋が顔に張り付いた笑みを剥がし気配を消していた霧嶋を薄目を開けて見てきた。それは一瞬であったので偶然かもしれない。
それでも、霧嶋は己の『忍』としての勘で危険だと判断していた。
『次回予告』
どうも田嶋です。
次回ですが、
私の桐生様がいよいよ表舞台に立つときが来ましたか。
正直私だけが下僕だと最高なのですが、
桐生様の大望の実現には私だけでは力不足のようです…。
ここは耐え忍び、桐生様の仲間集めに同道します。
所詮私が『第一の下僕』。
他はすべて第二、第三の下僕でしかないのですから、
気にはしません。
えぇ、しませんとも!