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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

マリー

作者: 影千代

 小池マリが死んだことを聞いたとき、あたしは眉一つ動かさず作業の手も止めなかった。

もっとも、眉一つ動かしたところで目だけしか外からは見えない。マスクの中でベロだしてたって同じだ。

噂好きでお喋りな年配の同僚と二人で客が来るまでの暇時作業の菓子箱折りをしていた時のこと。


意外よねぇ、まだ若いし・・・それなのにねぇ。。? と年配の同僚が言う。あたしは黙って頷く。

ここは小さな町の小さな和菓子屋兼製餡工場。 家からさほど離れてない通勤が自転車でいけるラクな距離。

あたしの職場。地味で静かでいつも小豆を煮る蒸気が漂っている。


マリの死の記事は小さく新聞に載った。薬物の過剰摂取だったとか。正直どうでもいい。


ミキちゃんってさ、年近いよね? 何か知らない?

心配してるような口ぶりだが目だけは好奇心で輝いている彼女に、あたしは首をかしげて返事をする。


まだ何か話しをしたそうな彼女だったが、あたしの反応が薄いことと、昼の休憩時間がちょうど重なり、妙な空気だけ残して仕事場を離れた。


簡単にお昼を済ませ、工場裏の「火気注意」とだけ書かれている赤いバケツの前で腰を下ろしバッグから煙草を取り出す。

遠くのほうで今しがた出勤してきた午後のシフトの人が手を振っている。あたしは火をつけ終わると会釈で返す。喫煙者もこの工場で、もうあの人とあたししかいない。

今はそういう風潮。


澄んだ秋空に向かって大きく白い息を吐きながら、ボンヤリとマリのことを思い出す。


マリとあたしは、かつて親友だった。



17歳。

ルーズソックス。ポケベル。PHS。

女子高生であることで、大抵のことはまかり通った。そんな時代が確かにあった。

世の中で一番自分が偉いと思ってて、そのくせ世の中で一番バカだったあの頃。

マリとはいつからつるむようになったのか、はっきり覚えていない。

学校生活はとにかくダルかった。ツマンナイツマンナイ。なにか刺激がほしい。そう考えていた。


あたしの家庭はとっくに崩壊している。


居場所のない足が自然とゲーセンやカラオケに向かう。そこにはあたしのように居場所のない連中がいて、いつしか顔見知りになり、やがてつるむようになる。マリはたしかそういった連中の中にいたんだと思う。兄弟姉妹のいないあたしは一つ年上のマリに懐いた。


聞けば同じ中学校だった。中学時代のことはお互い存在さえ知らない。別に知らなくていい。

家も近所ということが、一気に付き合いを加速させていったんだと思う。


煙草や麻雀、パチスロ、原付バイクにお酒にもっと体に悪いモノ。これら全てマリとマリの彼氏に教わった。 なんだか毎日新鮮で楽しかった。


もうその頃のあたしたちは、学校に行かなくなっていた。学校からは退学届を持ってこいとだけ連絡があった。



咥え煙草で、なんとなくTVをつける。

TVの中の人がいう「こんな世の中になってしまって本当に悲しい・・私達が子供だった頃は・・」

ふーん、あっそ。

別にTVを見たいわけじゃない。番組の時間帯が時計代わりなマリが起きているかどうか知りたいだけだった。今14時。ワイドショウが始まる頃あたしたちは起きる。

ピッチをとりだしマリに連絡する。ピッチはポケベルを打つのに使うだけ。通話料金までは安いバイト料で払えない。


「084−06 724106」


すぐ返信がくる。


「720410714 10 09104 01104−」


こんなやり取りでマリの家で落ち合う。そんな毎日。



ある時マリが紹介したい男がいると言って飲み会をセットしてくれた。

あたしには彼氏がいない。それを気遣ったのだろうか。

行ってみたら、好きでも嫌いでもない感じの男がいた。その日のうちにその男と寝た。

特に思い出もない。ただ経験したかっただけだった。あたしはアタシにしか興味がない。

でもまあ、なんとなく付き合うという形になり、あー彼氏ができたんだと思った。それだけのこと。


年上彼氏の存在はそれなり便利で、暇つぶしにもなったし何より、車があるだけで随分と行動半径は広がる。

同級生の恋人達が自転車で二人乗りをしている横を車ですり抜ける。小さなステータスでもあった。


たまに、マリの彼と4人で遊ぶこともあった。マリと二人で遊ぶより時に楽しくもあった気がする。

あたしは「彼氏」にご馳走してもらったり、バイトの送り迎えしてもらったりしながらセックスもして、

これが付き合うってことなのかと少しずつ慣れていく。


だけど長くは続かなかった。マリが彼氏と別れたからだ。

あたしは、わたしの「彼氏」よりマリといるほうを選んだ。なにせマリの彼はあたしの「彼氏」と友達なのだ。あたしたちが付き合っていたら、きっとマリと顔を合わせることも今後あるだろう。

そう思ったら、マリが気の毒に思えたからのこと。

薄々「彼氏」もあたしが愛していないことを気付いていたようで、割とすっきり話がついた。


またマリと二人で過ごす時間が増えた。

そこには安堵と無駄に時間がある。二人はいつものように他愛のない話でケラケラと笑う。

あたしが17歳。マリは18歳。季節は夏の終わりごろ。

マリは突然こんなことを言い出した。


ねえミキ ウリやってみない?



ウリ=売春をさす隠語。今の世の中は使用済み下着やらブルマが何千円の時代。


その先を行くのがウリだ。あたしたちのカラダはお金になる。


マリがやるならあたしもやる。

そう返事をすると、否定をされなかったことがよほど嬉しかったのかマリは随分安心した様子で話し始めた。


実は随分前からウリをやっていたこと。マリの彼氏は、マリを使って食事代やホテル代をマリに出させていたこと。


あたしは煙草を吸いながら、うんうんと頷く。ちっとも知らなかったなどと言った。

マリは、そうでしょ〜となぜか得意げだった。

この感じ。。あたしが知らないことをあたしに教えるときにだけ見せるこの表情、声のトーン。あたしはマリが好きだ。


それからすぐにマリの手ほどきであたしもウリをやることとなる。

マリは3つの注意をくれた。一つ、キスは別料金。2つ、絶対ゴムをする。3つめは相手次第ではお金より命を守ることを最優先とすること。


別にカラダが大事とも思わない。バカな男相手に2時間でこんなに稼げることは他にない。それまで勤めていたバイトはすぐに辞めた。


いろんな男とセックスした。妻が妊娠中だから、パチンコで勝ったから、若い子としたかった。

男の数だけ買春の理由がある。中にはすることしといて説教するのもいた。

歳はおそらく自分の父と同じくらいの男だ。ふざけんな。


あたしとマリは同時にテレクラに電話し、相手を見つけ、2時間後落ち合う約束をする。その後ファミレスで、今日のオヤジはあーだったこうだった。こんなことされた。あんなことしてやった。などと話し合い、またケラケラ笑う。


服装やメイク、身の回りはどんどん充実していく。パチスロに行く回数も突っ込む金額も今までとケタ違いだ。マリと遊んで、お金稼いで、またマリと遊んでお金を稼ぐ。そんな日々が何日続いただろう。



教えてくれたのはマリだったが、終わりをくれたのもマリだった。


涼しくなってきた頃のある日。あたしたちは駅前で同じ電話ボックスからそれぞれの相手をキャッチする。先に来たのはマリの相手だった。

一見普通に見える地味な小太りな男は、あたしたちを見ると「2人?」と聞いた。


服装が目印となっていたので、マリが「あたしーーー!」といって前に出て、後で落ち合うからねという目配せをあたしにしたあとその男の白い車に乗り込んでいった。


しばらくすると、あたしの相手も来て、そいつは珍しくホテルでお寿司をとってくれて一緒にビールを飲むだけというカンタンな仕事だった。


早めに終わったので、マリに連絡を入れる。もう電話代など気にしなくていい。ピッチにかけまくる。

おかしい。。2時間過ぎたし。。延長??と思いファミレスでしばらくストローなどもてあそび時間をつぶす。


マリから連絡が来ないまま4時間あたしはひたすらマリからの連絡を待っている。もしかした今日のあたしみたいにやらなくて良かったという、ドライヴだけで何万円って上客だったのかもしれない。

だとしたらラッキーデイだと2人で喜べるのに。。。


そんなことを考えていたらふいにマリから着信があった。秒速で電話をとる。どうしたの?!遅いじゃん!!というあたしのそれには答えず、聞いたことない暗いトーンで、

今日は疲れたファミレスパス。帰るし。とだけ短く言われ、一方的に電話は切られた。



それから2日間は、ピッチ鳴らせどもでない。あたしは不安でしょうがなかった。どうしたの?マリ!!


3日目にようやく電話に出たマリにあたしは怒鳴った。

どうして連絡くれないの!!どれだけ心配したと思ってんの??!!

ひとしきりあたしがまくしたてた後、

マリは、ポツリポツリとアノ日何があったのか話してくれた。それは今まで聞いたこともないほどの悲惨な内容だった。


一見温和そうに見える決して力がある男ともおもえなかったその男は、ホテルに着くなり「全裸になって洗面器に小便をしろ」と言ったそうだ。

こういう時の対処はマリから聞いていた。命を守るため、言うことを聞くしかない。。あたしは絶句した。。

その後、剃毛され小便を飲まされ何度も何度も打たれたあげく、縛られアナルセックスまでさせられたそうだ。

あたしがファミレスで呑気にドリンクバーしている間ずっと!!


何かが崩壊していく。マリは絶対的で!マリは絶対的だったのに!! そのマリにそんなことがあるはずがない!!


マリは小さく泣いていた。これ以上はウンザリだ。もうヤメ時だ!あたしが楽だった分マリが苦しんでたんだ。。そう思えて仕方なかった。あたしのせいだとも思った。


マリの泣き声は電話を切ってもしばらく耳に残った。背筋が凍る。。。


同じ電話ボックスで同じナンバーにかけて相手を見つける。。ほんの数分差で泣いていたのはあたしだったかもしれないのだ。。。



その後マリとは数回会ったがもうお互いウリの話はしなかった。少なくともあたしからすることはない。

もう気がついたんだ。年相応、分相応という言葉の本当の意味を。電話の数は激減する。おのずと会う回数も激減だ。

それはあたしにとって、いいことなのだ。おそらくマリにも。。と思っていた。


そしてあたしは普通のバイトを見つけ、がむしゃらに4月を待つ。


あたしは18歳でここらで一番レヴェルの低い高校に編入し2年生になっていた。


どうにかこうにか卒業したあたしは、もうマリとウリとあたしの過去はもう無かったことにした。

あたしはアノ日あの時・・マリを殺したのだ。。

まともに、地味に、平穏に生きよう。

たまに人づてに耳にするマリの噂話。マリはマリで相変わらずとのこと。

でも、アノ日のマリが居なくなったわけじゃなく、なにかが吹っ切れたように、あたしとは逆のベクトルで進んでしまったようで、何でもアリで有名な子になっていた。

もう携帯電話に変えて、マリとの連絡は一切とっていない。とろうとも思わない。

死んだ人に電話は通じない。



あれから8年もうお互い30過ぎた。あたしは12月に結婚する。

地味だけど平穏だけが長所の、同じ工場で働く喫煙所で知り合った彼とだ。

煙草は辞められていない。彼の実家に嫁ぐ前にはやめなくちゃね。悪しき風習だ。これで子供でも出来れば辞めざるを得ないだろう。

意志の弱いあたしは、何かがなければ、始めることも辞めることもできないんだなと思って一人でふふっと笑ってしまった。


そろそろ昼休憩が終わる。戻ろう。煙草をもみ消し、ふと考える。

結婚したからって安心なんてない。

一見平穏そうな男が何するかわからないことをあたしは知っている。そして一見平穏なあたしにも過去がある。そう考えてたまらない気持になる。

まだ未知な結婚生活、もし彼が浮気するとしたら、きっと相手はかつての自分でありマリなのだ。


そう、因果は巡り還ってくるもの。でもその時は許してあげよう。だってそれを許せなかったら、あたしは誰にも許されないのだ。


最後にひとつだけ。。マリー。ごめんね。。。ありがとうそして 本当にさようなら。




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