第5話:魔の森の極上家庭菜園
無事に最高級のケーキを確保し、新居へと戻ったゼノン一家。
魔の森の豊かな土壌に目をつけたリーゼロッテは、エルナのために最高に美味しいお野菜を作る「家庭菜園」を提案します。
元聖女の神聖魔力と、元魔王の完璧な環境制御が合わさるとき、ただのトマトやキャベツが、世界の常識を覆す『神聖野菜』へと一瞬で進化を遂げます。
無事にハニーシロップをたっぷりと使った最高級のケーキを全種類買い占め、魔の森の最深部にある我が家へと帰ってきたゼノン一家。
広々としたリビングの食卓で、お気に入りの甘味を口いっぱいに頬張ったエルナは、それはもう天使のような満面の笑みを浮かべていた。
「パパ、ママ、このケーキお口の中でシュワって溶けちゃうの! すっごくおいしい!」
「それはよかった。パパが街の外のミミズたちをお掃除した甲斐があったというものだよ」
ゼノンはエルナの白金の髪を優しく撫で、紅茶を上品に啜った。
隣では、リーゼロッテが楽しそうに新居の窓から外の広大な敷地を眺めている。
「あなた、ケーキも本当に美味しいのですけれど、私、このお家の周りを見ていてふと思いついたのですわ。
このお庭の土、千年前の薬草園の跡地だけあって、もの凄く濃密で綺麗な魔力が満ちていますでしょう?」
「ああ。
植物系の四天王が世界中から最高品質の腐葉土を集めて耕させた場所だからな。
ただの泥に見えても、その純度は王国の最高級の畑の比ではない」
「それなら、ここでエルナのために、最高に安全で、最高に美味しいお野菜を育てる『家庭菜園』を始めてみませんか?
市販の野菜も良いですが、やっぱり自分たちの手で作った採れたてのお野菜をエルナに食べさせてあげたいのです」
リーゼロッテが聖杖を胸に抱き、主婦としての輝かしい提案をする。
「素晴らしいアイデアだ、リーゼロッテ」
ゼノンは即座に、わが信頼の恋愛指南書『夫婦で行う共同作業のすすめ』を開いた。
【項目82:夫婦で一つの植物を育てるプロセスは、互いの愛の結晶を育むのと同義である。特に家庭菜園は、家庭の幸福度を劇的に向上させる】
「完璧な格言だな。よし、さっそく始めよう」
ゼノンが合図を送ると、地下からエメラルドグリーンの瞳を点滅させた、リフォーム済みのお留守番ゴーレム『ワンワン1号』がガタガタと頼もしい金属音を立てて地上へ上がってきた。
その巨大な爪に、ゼノンが魔法で即席で作り出した特製の「シャベル」と「鍬」を握らせる。
「ワンワン1号、まずはあそこの日当たりの良い一画を、綺麗に耕しなさい。
根や小石はすべて分子レベルで分別して取り除くように」
「ピピッ。
了解、マスター。菜園エリアの開墾を開始シマス」
かつて世界を滅ぼしかねない防衛兵器だった巨大な鉄の獅子が、今や完璧に制御された速度で、優雅に、かつ一分の狂いもなく最高級の畑を耕していく。
その横では、エルナが「ワンワン、がんばれー!」と小さな手で応援していた。
わずか数分で、ふかふかになった完璧な畝が完成する。
そこへ、
リーゼロッテが街の雑貨屋で買ってきたトマトやキャベツの苗を、一つ一つ丁寧に植え込んでいった。
「ここからが、私たちの共同作業だね、リーゼロッテ」
「ええ、お任せください、あなた」
ふたりは並んで畑の前に立つと、同時に自らの規格外の力を優雅に解放した。
まずリーゼロッテが聖杖を天に掲げると、
彼女の体内から溢れ出た、どこまでも清らかな純白の神聖魔力が、優しい霧のような雨となって苗へと降り注いだ。
それは教会の高位聖職者が一生に一度使えるかどうかの、大地の生命力を限界突破させる奇跡の術式《聖母の慈雨》。
ただの水を遥かに超越した、神の祝福そのものの肥料だ。
さらにゼノンが右手をかざし、超位熱制御魔法《常春の揺り籠》を展開。
苗の周囲の空間だけを、トマトやキャベツが最も喜ぶ「昼夜の完璧な最適温度」に24時間体制で固定した。
神の祝福を受けた土壌と水分、そして魔王による完璧な環境管理。
世界の常識を置き去りにしたふたつの絶対的な力が融合した、その瞬間——。
ピキピキピキ……!
信じがたい光景が目の前で繰り広げられた。
植えたばかりの小さな苗が、目に見えるほどの猛スピードで茎を伸ばし、葉を広げ、みるみるうちに青々と生い茂っていく。
そしてわずか数分のうちに、トマトの枝には、宝石のルビーのように真っ赤に輝く、大ぶりの果実が鈴なりに実った。キャベツもまた、一玉一玉がエメラルドのように美しい輝きを放ち、パンパンに身の詰まった極上の状態で完成した。
魔力を吸いすぎて狂暴化する魔界の植物ではない。
純粋に「美味しく、安全に」育つことだけを極限まで突き詰められた、一口食べただけであらゆる状態異常や疲労を完全に回復させる、神話級の霊薬と同等の効果を持つ『神聖野菜』の誕生だった。
「わあ……! お野菜が、一瞬でおっきくなったぁ!」
エルナが目を丸くして畑に駆け寄る。
「さあ、エルナ。もぎたてのトマトだよ。パパが魔法で綺麗に洗ったから、そのまま食べてごらん」
ゼノンが枝から一番大きくて美しいトマトを優しく摘み取り、エルナの手へと渡した。エルナは小さな両手でそれを大事そうに持つと、思い切りガブリと一噛みした。
パキッ、と、極上の新鮮さを示す小気味良い音が弾け、瑞々しい果汁が溢れ出す。
「……っ!! あまーーい! これ、お砂糖が入ってるみたい! すっごくおいしい!」
エルナは目を輝かせ、頬を真っ赤に染めながら、夢中になってトマトを頬張り始めた。
「まあ、大成功ですね、あなた。
これなら、エルナにお野菜をたくさん食べてもらえそうですわ」
リーゼロッテが嬉しそうに微笑み、ゼノンの腕にしがみつく。
「ああ。
今日の夕食は、昨日の大猪の極上肉と、この採れたての神聖野菜を使った特製のシチューにしよう。
最高の晩餐になるな」
ゼノンは最愛の妻を抱き寄せ、幸せそうに微笑んだ。
人間の王国が彼らを葬り去るために送り込んだ絶望の魔の森。
だが最強家族の手にかかれば、そこは一瞬にして「最高に甘いトマトが数分で実る、世界一贅沢なプライベート家庭菜園」へと完全にハックされたのだ。
王国のくだらない陰謀など、この家族のどこまでも平和で規格外な自給自足生活の、小さなおつまみにすらなりはしなかった。
第5話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
世界を滅ぼすレベルのゴーレムにシャベルを持たせて畑を耕させ、聖女の奇跡と魔王の環境魔法によって「数分で最高級の甘いトマトを実らせる」という、最強家族ならではの圧倒的な自給自足スローライフ(ものづくり無双)をお届けしました。
採れたてのトマトを美味しそうに食べるエルナちゃんの可愛さに癒されていただけましたでしょうか。
次回、
第6話からは、ゼノンたちを魔の森へ追放した人間の王国側が、彼らの安否(死体)を確認するために国家最高峰の隠密部隊『影の牙』を派遣してきます。
しかし、
地獄の森の奥で彼らが目撃したのは、常春の楽園で優雅にボール遊びをする最強家族の姿でした。
そして、
不届きな隠密たちが我が家の敷地に踏み込んだ瞬間、四本の腕を持つあのお庭番が静かに動き出します。
どうぞお楽しみに!
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