空からのラブソング
旧Twitter(現X)にて、皆さんが診断メーカーの「#書き出しと終わり」というのをやっていて楽しそうだったので私もやってみました。
『★ちい子さんには「本当は知っていた」で始まり、「きっとそれを幸せって呼ぶんだね」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば13ツイート(1820字)以上でお願いします。』というお題でした。
意外と長いのでツイートするのは諦めて、ここで発表することにしました。
書いてみたら、すごく真面目でビターな恋愛モノになるはずが……ふざけました。
ごめんなさい、ふざけました。シリアス馬鹿です。あとジャンル迷子です。
本当は、知っていた。
もう彼がこの地球に存在しないことを。
だって私の携帯電話は15年間ずっと鳴らなかったし、オリコンやBillboardチャートはおろか、インスタやTikTokでも彼の曲は話題にならない。
あれほどの才能のある人が音楽を15年続けていて、ただの一度も日の目を見ることが無いなんて私には信じられなかった。
だけど、それでも、どうしても。
彼が居ないことをハッキリと目の当たりにするまでは、私はその事実を信じる気にはなれなかったの。
それを、こんな形で思い知らされるなんて。
『愛実、久しぶり』
私の前に現れた彼は半透明で、ゆらゆらと陽炎のように揺れる幻影の姿だった。
□
彼との出会いは、会社の最寄り駅の前にある広場だった。
新卒社会人一年目の毎日は目まぐるしくて、怒涛のように時間が、日にちが過ぎていく。私はその流れに巻き込まれて、ただ疲弊するだけの生活だった。
ある日の退社後。
重い身体を引きずって駅に向かいながら、これから帰りの満員電車に乗ることを考えるだけで憂鬱だった私の頭の中に。
突然彼の声とギターの音色が飛び込んできたんだ。
「それじゃあ聞いてください。全ての人類へ愛を捧げる歌です!」
彼の歌は私の心にすっと染み入って、それでいて入ってきたあとは心を激しく揺さぶるものだった。ギターは難しい旋律を弾きこなすほどのテクニックはなかったけれど、あちこちのメロディーが耳に残って口ずさみたくなる。
天才だ。この人は天才だ。音楽の神に愛された人だ。
そう思った瞬間には、疲弊してカラカラになったはずの私の目から涙がこぼれていた。
□ □
私は彼の熱心なファンになった。そして、そこから恋人の関係になるまではあまり時間を要さなかった。そして彼は私の部屋に転がり込んでくる。
私は正社員だったし、ミュージシャンを目指しながらバイトで食いつなぐ彼を支えたいと思っていたから、自然な流れだった。
そうだ。最初の内は支えたいと思っていたのに。彼のそばで、彼の音楽を聴いていられるだけで幸せだったのに。
いつから私は変わってしまったんだろう。
「言ったよね、他の女と話さないでって!」
「そんな事言ったって、バイトだから仕方ないよ」
「じゃあバイトなんか辞めればいいじゃん!!」
「無茶言うなよ愛実……」
彼は……将は、人たらしだった。
誰にでも優しくて誰にでも親しみやすくて、男にも女にも好かれてしまう。だから彼のそばには常に誰かがいる。
私も所詮そのひとり、そんな気がした。
私が「私と付き合っちゃう?」って言ったから、将は私の恋人になったし、私が「家賃もったいないからうちに住みなよ」って言ったから同棲した。
もしも私が、何も言わなかったとしたら?
彼は一生、私をただのファンか友達にしか見なかったかも……そんな考えが、将の恋人になってから、ずっと私の脳裏につきまとって離れない。
それは、彼にラブソングを作ってとねだっても、いつも人類への大きな愛を歌うばかりだったからかもしれない。
彼はよくある「君を自分だけのものにしたい」なんて歌は絶対に歌わなかった。
……歌ってほしかった。ほんのワンフレーズの間くらい独占欲を見せてくれたら。それだけで私は彼のもので、彼は私のものという幻想に浸れたのに。
私は徐々に彼の愛を疑い、彼を束縛するようになった。他の女と話さないでほしい。他の女を褒めないでほしい。他の女に目をやるのも嫌……。
でも彼はいつも困ったように「そんなの無理だよ」と微笑むだけ。
「俺はちゃんと愛実のことも愛してるんだけどな」
……も。
たった一文字だけど、それがどんなに私の心を打ちのめしたか。
「もういい! 出てって」
「え」
「別れる。私の家から出てって!」
反射的に、考えうる限り最も愚かな言葉を私は口にした。この期に及んで彼を試すような気持ちが私のなかにあったのだと思う。
そんなことをしても、彼が泣いて私にすがるわけがないのに。
「そっか。ごめん。今までありがとう」
将はギターケースとリュックを持ってあっさりと私の家を出ていく。
残された1DKの部屋で私はボロボロ泣きながら、彼は音楽の神に愛される代償に個人的な愛を持たないのだと思った。大きな、すべての人に向けた愛を音楽で世に伝える使命を魂に刻みつけられているのだと。
それでも私は彼を諦めきれなかった。一日中ぐるぐる考えて考えて、未練たっぷりのメールを送る。
『ごめんなさい。あんなことを言ったけど帰ってきてほしい』
暫くして返信メールがきた。そうだ。将はそういうやつなんだ。無視なんかしない。
『こっちこそごめん。でももう電車でA県まで来ちゃったんだ。暫くこっちでストリートを演ってみたい。また連絡する』
私たちは元の関係に戻れるんだろうかと、メールの文面を見ながらぐるぐるまた考える。けれど今回は一日も続かなかった。
その日の夕方の緊急ニュースで、A県で未曾有の大災害が起きたと知ったから。
□ □ □
15年、彼の行方は杳として知れなかった。あの災害の行方不明者は何人もいて、未だに解決していない。
政府も……私たちの国の首相どころか、海外の大国さえも協力して、あの件には取り組んでくれたけれど。それでも失われた人達は帰ってこなかった。
私は将を待ち続けた。
あの時のメールを毎日眺めながら。七年の間に携帯電話はスマホに変わり、メールの代わりにSNSが連絡手段の主流になっても。毎日毎日電話が鳴らないか、メールが来ないか、確認し続けた。だって彼は絶対に連絡をくれるやつだから。
もしかして、将は携帯を無くして私の連絡先がわからなくなったのかもしれない。だから音楽チャートもSNSの流行りも追い続けた。けれど彼の歌声はどこにも無かった。
「俺と付き合ってくれませんか? け、結婚を前提に!」
三十歳の誕生日を迎えるひと月前。会社の後輩からこう言われて、私は即座に首を横に振る。
「……前に話したでしょ。私は恋人を待ち続けてるの。あのひとを忘れるなんてできないよ」
「忘れなくていいです! それでも俺が幸せにします!」
それは、至極ストレートな告白。かつての私が将に「付き合っちゃう?」と逃げまじりに言ったことが恥ずかしくなるような、真正面からの告白だった。
□ □ □ □
△
♪
誰かから聞いたことがある。人生で二番目に好きな人と結婚すると幸せになれると言う話。
あれって、少なくとも私にとっては本当だった。
後輩と交際して二年あまり――私が家から将を追い出して十年――の月日が経ってから、私は結婚した。
夫は結婚しても、子供が生まれても、変わらずとても優しい。家事育児も協力してくれるし、溢れるほどの愛情を注いでくれる。
その愛は、私と子供だけに向けた個人的なもの。
そして今日。
四歳になった子供と手を繋いで公園に来て、キラキラの笑顔で何度もすべり台を登ってはすべる息子の姿を見て。
(もう、十分だよね……)
15年経って、やっとそう思えた。自分には分不相応なくらいのものを夫と息子から貰っている。十分すぎるほど私の望みは叶えられている。
ただひとつ、彼の行方を知りたいという望みだけを除いて。
でも、これ以上は求めたらいけない。もう将のことはいい加減に忘れなくちゃ。
その瞬間だった。音もなく突然、私の目の前に陽炎のような幻影で、微笑んだ彼が現れたのは。
『愛実、久しぶり』
私の顔に陰が射す。比喩じゃなく、突如として夕方のような薄闇に辺りが包まれたのだ。見上げるとさっきまで晴れ渡っていた青空が巨大な円盤に遮られていた。15年前、何度もニュースで見たあの光景と同じ。
こんな形で、彼がもうこの地球に居ないことを思い知らされるなんて。
「ママ!」
突然の暗さと、うっすらと映る彼の姿に怯えた息子が駆けてくる。私も息子に駆け寄り、ぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫だよ、ショウくん」
「ママ、あのひと、オバケ?」
「ううん、違うよ。優しい人だから……そうでしょ?」
最後の言葉を彼に向けると、将は昔と同じ、困ったような微笑みを見せる。
『その子、愛実の子供?』
「うん、翔って名前を付けたの。漢字は違うけど」
『そっか。……そうだよね。15年経ったんだもんなぁ』
「あなたは……変わらないね。元気そう」
『うん、元気。彼らは、悪いやつじゃなかったよ。話せばわかってくれた。他の皆もこの後帰してくれるって』
「本当!?」
『うん。ただ、その話をするまでが難しくてさ。向こうの言葉を覚えて、会話ができるようになるまで十年以上かかっちゃったんだよね』
彼は手に持ったギターをかき鳴らす。ギターのテクニックはほんの少ししか上達していなかったけれど、彼の歌は相変わらず心にすっと染み入ってくる。
『〜♪』
歌詞は何を喋っているのかはわからない。すごく複雑な言語なんだろう。でも内容はきっと、いつもと同じ。全人類への大きな愛を歌っているに決まってる。
15年前、A県で発生した未曾有の大災害とは。
突如空中に現れた、巨大な未確認飛行物体だった。
それは幾つもの建物を壊し、そして何人もの行方不明者を発生させた。おそらく被害者の大多数は、未確認飛行物体を操る地球外生命体に誘拐されたのだろうと言われている。
それから飛行物体は姿を消してしまった。けれどごくたまに姿を現すこともあった。実は大して移動せずに地球のすぐそばにいて、高精度のステルス性能を発揮しているだけなのでは、とニュース番組のコメンテーターが言っていたのを覚えている。
この国の政府も、海の向こうの大国も、他の国々も。躍起になって彼らと意思疎通を図ろうとしたけれど、この15年間、それが成功したという話は聞かない。
でも。将はきっと長い時間をかけてそれをやってのけたのだ。この、すべての人に音楽で愛を伝える使命を魂に刻みつけられた、音楽の神に愛されている人たらしの男は。
彼の歌は宇宙人の心にもすっと入れたに違いない。
曲が終わると、翔がキラキラした目でぱちぱちと拍手をする。
『ありがとう。もう一回歌ってもいいかな? 今度はちゃんと日本語で歌うね』
ホログラムに投影された将が、楽しそうにギターの弦を爪弾く。本物の彼はまだ、頭上の円盤の中にいるのだろう。彼が曲名をコールする。
『それじゃあ聞いてください。”きっとそれを幸せって呼ぶんだね“』
いやー、どうしてこうなった(;´∀`)私は真面目な悲恋を書こうとすると、すぐふざけてしまう悪癖があるからですねきっと。
そしてジャンル迷子です。コメディーというには笑いが弱いし、現代恋愛と言い切るには現代感が薄いし、SF(宇宙)ジャンルだと、ジャンル見ただけでネタバレだし……と悩みに悩んで、結局ローファンタジーに投稿してみました。他に良いジャンルありますかね……?
お読み頂き、ありがとうございました!
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