幕間 最弱の鳥、日常に迷い込む
魔法学園の学生寮は、想像していたよりもずっと素朴だった。
白い石造りの外観に、赤茶色の屋根。
中庭には小さな噴水と、よく手入れされた花壇があり、どこにでもある“学園の寮”という印象を受ける。
「思ったより普通だよな」
スズメが、荷物を肩に担いだまま笑う。
「もっとこう、怪しい呪文とか、幽霊が出るとか思ってた」
「やめろよ……」
カケルは苦笑しながらも、内心ほっとしていた。
(少なくとも……ここでは浮かずに済みそうだ)
二人の部屋は、三階の端。
ベッドが二つに、机が二つ。
窓からは学園の塔が見える。
「おっ、窓際もらっていい?」
「どうぞ」
スズメは即座にベッドに飛び込み、仰向けになる。
「あー、疲れた。入学初日でこれかよ」
カケルは荷物を下ろし、部屋を見回した。
――その瞬間。
視界の隅に、淡いノイズが走った。
――【照明魔術:輝度係数 微小誤差】
(……また)
天井の魔法灯は、何事もなく光っている。
ちらつきも、異音もない。
けれど、数字だけが“ズレている”。
(これ、誰も気づかないのか?)
カケルが黙っていると、スズメが顔だけ起こした。
「どうした?」
「いや……なんでもない」
言えるわけがなかった。
自分にしか見えない“赤い警告”の話など。
荷解きを終えると、二人は食堂へ向かった。
木製の長テーブルが並び、
学生たちの声で満ちている。
「お、肉だ!」
スズメが嬉しそうに皿を取る。
「学園の飯、当たりだな!」
カケルも席につき、スープを一口すする。
――その時。
――【栄養配分:基準値外】
(……は?)
スープは普通だ。
味も匂いも、まったく問題ない。
けれど、表示される数値は、どこか歪んでいる。
(基準って……何の?)
周囲を見回すが、誰も気にしていない。
笑い声と食器の音が、当たり前のように響いている。
ふと、食堂の奥。
壁にかけられた学園の紋章に、視線が引っかかった。
――【象徴情報:参照不能】
胸が、ひやりと冷える。
(……学園そのものが、ズレてる?)
「カケル?」
スズメの声に、はっとする。
「ほんとに大丈夫か? 顔色悪いぞ」
「ちょっと……人多くて」
「そっか。まあ、無理すんなよ」
その気遣いが、やけに温かかった。
(俺は……普通に、ここで暮らしたいだけなんだ)
夜。
部屋の灯りを落とし、ベッドに横になる。
静寂の中、遠くで鐘の音が鳴った。
その余韻が消えた直後――
――【時刻同期:失敗】
心臓が跳ねる。
(失敗って……どういう意味だよ)
窓の外を見る。
夜空は澄み、星は正しく輝いている。
――少なくとも、そう“見える”。
カケルは目を閉じる。
(見なきゃいい)
(気づかなきゃいい)
だが、閉じたまぶたの裏で。
――【観測者 権限:待機中】
赤い文字が、静かに点灯していた。
眠りに落ちるまで、
それは消えなかった。




