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異物の魔女騎士 ―転生面接で神に拒否され、原初の魔女に拾われた少女―  作者: 畑野きび
第二章:走る騎士と魔女の館

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第6話 黒い箱と、魔女

 目を開けたとき、そこは、真っ暗だった。


 天井も床も見えない。

 自分の手を顔の前に持ってきても、輪郭が分からない。


 周防篝すおうかがりは、冷たい空気を吸い込んで、少しむせた。


 どこかで、水の落ちる音がした。

 ぽとん、ぽとんと、部屋のどこかで時計みたいに鳴り、ここにいることをいやでも意識させる。


 あれが、別の部屋で誰かの血だったらどうしよう――

 そんな想像が一瞬だけ頭をよぎり、胸のあたりがじわっとざわついた。


 体の下は冷たい石みたいで、背中には、ざらついた背もたれ。

 椅子だ、と気づくまでに、少し時間がかかった。


 鼻をすん、と鳴らす。

 金属と湿った土の匂いに、少し遅れて、別の匂いがまじる。


 ――森の匂いだ、と思った。


 窓か扉か分からない隙間から、夜の森みたいな空気が、少しだけ入ってきている。


 「……どこ、ここ」


 自分でも聞こえるか聞こえないかの声でつぶやいて、篝は身じろぎした。

 椅子の形がやけにしっかりしていて、背中を逃がす場所がない。


 ここも、あまり居心地のいい場所ではなさそうだ――


 そう考えかけたところで、前の方で、小さく音がした。


 金属がこすれるような、「かちゃ」という音。

 続いて、重い何かがゆっくり動く気配。


 扉だ、と直感する。


 真っ暗な中で、篝は息を詰めた。


 扉の向こうから、かすかな明かりがにじんできた。


 重い何かが、ゆっくりと開いていく。

 きい、とも、ぎい、ともつかない、古い蝶番の音。


 明かりの向こうに、影が一つ、立っていた。


 人の形をしている。

 でも、どこかで何かが余っているような、変なシルエットだった。


 帽子みたいなものをかぶっていて、肩のあたりまで、黒い布がすとんと落ちている。

 その下で、細い腕と、もっと細い足が、ひょいと部屋の中に入ってきた。


 光を背負っているせいで、顔の輪郭はよく見えない。

 目を凝らそうとした瞬間、篝の視線は、なぜか勝手にずらされた。


 この黒の中に、自分の輪郭まで溶けて混ざってしまいそうで、

 まばたきするのさえ、少し怖い。


 見ちゃいけない、というよりは、見ていると酔いそうになる感じ。

 教室でみんなが「怖い」と言っていた絵本の、森の奥の魔女のページを、うっかり開いてしまったときみたいだ。


 影は、ぎし、と音を立てて、篝の正面まで来る。

 反対側の椅子に座った気配がした。


 黒い布が擦れる音と一緒に、ふわりと、森の匂いが強くなる。

 さっきまで隙間から流れ込んでいた匂いよりも、少し濃い。


 「……こんばんは。……おはよう?」


 耳に届いた声は、子どもみたいに高かった。

 けれど、そのいちばん下のところに、かすれた低い声が、うっすらと混ざっている気がする。


 二人分の声が重なっている――とまでははっきり言えない。

 ただ、「聞き慣れているはずの高さ」と、「どこかで聞いたことのある低さ」が、変な風にくっついていた。


 篝は、喉がからからになっていることに気づく。

 返事をしなきゃ、と思うのに、声がうまく出てこない。


 「……えっと」


 それだけ絞り出すと、向かいの人影が、くす、と笑った。


 「大丈夫。ここはあっちじゃない。見に来た」


 “あっち側”。

 その言い方で、篝は白い部屋を思い出す。


 光が強すぎて、どこまでも白かった部屋。

 向かいに座っていた、整った顔の人。

 丁寧な言葉と、用意された質問。


 喉の奥がきゅっと狭くなる。

 また自分が答える番なんだ、ということだけは、すぐに分かった。


 けれど、目の前の人の声は、白い部屋の人とは違っていた。


 「借りものの箱」


 「……借りもの?」


 やっと出た自分の声が、少し上ずって聞こえる。


 「もういない。置いていった。もったいないから、間借り」


 内容だけ切り取れば、どこか物騒な話のはずなのに、言い方はやわらかい。

 よく分からないまま、さらっと流されていく感じ。


 篝は、膝の上でそっと指を握った。

 さっきまでよりは、胸のざわつきがマシになっていることに気づく。


 白い部屋の人と違って、この人は、なんとなく「楽しんでいる」気配がある。

 嫌な意味じゃなくて、変な生き物を拾ってきて眺めているときの、子どもみたいな楽しさ。


 その「楽しさ」が、今のところ、自分を傷つける方向に向いていないのは分かる。


 「ええと……ここは、その、どこなんですか」


 やっと絞り出した質問は、自分でもちょっと情けないと思うくらい、ざっくりしていた。


 向かいの影が、こてん、と首を傾げる。


 「……うーん」


 少しだけ間を置いてから、その人は答えた。


 「“箱、真似して作った。騎士さん”とお話」


 騎士、という単語で、篝の肩がびくっと動いた。


 白い部屋で、自分の口から出した言葉。


 「あの絵本の、森の奥の人のそばに立つ位置」

 「その人の――騎士みたいな立場」


 あれを、向かいの人は知っている。

 そう思った瞬間、背中のざらついた背もたれが、急に近く感じた。


 「……知ってるんですか」


 自分でもよく分からない問いが、口からこぼれる。


 「動く箱、二匹をドン。きれいな呪い。追っていった。」


 明るいとも暗いともつかない声色で、向かいの人は言う。


 その言い方が、からかっているような、単に事実を述べているだけのような、どちらにも取れるのが余計にややこしい。


 でも、不思議と、嫌な感じはあまりしない。


 白い部屋の人に「役目」を説明されたときに感じた、

 “もう決められてしまっている”ような窮屈さとは、少し違っていた。


 「……その、さっきの人みたいに、いろいろ決められちゃうんですか?」


 聞きながら、篝は自分でも馬鹿なことを言っている気がした。

 でも、聞かずにはいられない。


 向かいの影が、ひとつ息を吐く。

 ため息、というほど重くもない、空気を整えるみたいな息。


 「決めない。意味がないし、意味が変わる

  それだと、楽しくない」


 「……楽しく、ない……」


 その単語の組み合わせに、篝は少しだけ拍子抜けする。


 楽しいかどうか、なんて考え方で話をしてくる相手は、あの白い部屋にはいなかった。


 ここが安全かどうかはまだ分からない。

 でも、「楽しくないから嫌だ」と言える人がいる場所は、少なくとも、さっきの白い部屋よりは少し息ができそうな気がした。


 不安の割合が、ほんの少しだけ減る。


 「“騎士”、いい。」


 向かいの人が、軽く指先を打ち合わせる音がした。


 「騎士は走る。

  座って、待たない。」


 その言い方に、篝は白い部屋の椅子を思い出す。

 背中を支えられたまま、どこにも行けなかった場所。


 「走る……」


 ぼそりと繰り返すと、向かいの人が、少しだけ楽しそうに息を弾ませた。

 言葉がうまく噛み合っていないことを、どこか面白がっているようにも聞こえる。


 「うーん、呼んでくる。お世話。」


 その声には、やっぱり悪意は感じられない。

 これから何をさせられるのか分からない不安と、ちょっとした好奇心が、胸の中でごちゃ混ぜになる。


 黒い布が揺れて、向かいの人が椅子から立ち上がる気配がした。


 「こっち、ミカ、騎士いる。」


 その言葉と一緒に、森の匂いが、もう一度ふわりと濃くなった。

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