表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異物の魔女騎士 ―転生面接で神に拒否され、原初の魔女に拾われた少女―  作者: 畑野きび
第六章:鐘と像

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/47

第45話 終わった場所

 ガシャガシャは、すぐそこで止まった。


 止まったはずなのに、空気の揺れだけが遅れて門前に残る。

 篝は息を止めたまま、門の方を見た。


 黒い鎧が五つ。

 先頭のひとつが、街灯の下で止まる。

 全身を覆う黒いフルプレート。顔は見えない。見えないのに、篝にはそれがユストだと分かった。

 歩幅が広すぎない。重い鎧のはずなのに、重心の移動だけが静かだ。

 石を踏む前に、次にどこへ重さを置くかが先に決まっている。あの歩き方だけは、見間違えない。


 その少し後ろで、白っぽい紙の光が揺れていた。

 開いた本が一冊、街灯を鈍く返している。


 ぱら。


 薄い音。

 その一枚が返った瞬間、門の前の空気が、もう動かないものに変わった気がした。


 フランクが、一歩だけ下がる。

 下がった足が、倒れた門番の柄に当たって止まった。


「……ふざけるな」


 誰に向けた声か、分からない。

 怒りに聞こえるのに、その下で何か別のものが擦れている。


 先頭の黒い鎧は、門前をまっすぐ見ていた。

 篝には一度も視線をくれない。くれないまま、声だけが来る。


「動かないでください」


 短い。

 短いのに、それだけで膝の裏が冷えた。


 命令された、と思うより先に、篝は自分の足が石に貼りついているのを知った。

 前へ出ようとしたわけじゃない。出ようとする前で、もう止まっている。

 指先だけが、鞘の近くで少し動いて――止まる。


 来ない。


 あの黒いネコのときは、気づいたときにはもう走っていた。

 今は、その熱が来ない。

 先に身体が行く、あの感じがない。

 喉だけが細くなって、足はひとつも動かない。


 フランクが、門からユストへ向き直った。

 口の端が引きつっている。


「灯切が、何の用だよ」


「確認です」


 ユストの声は柔らかい。

 柔らかいのに、逃げ道がない。


「門番は、あなたが」


 問いに見える。

 でも、返事を待っていない声だ。


 フランクの歯が見えた。笑いじゃない。

 言い返そうとして、うまく形にならない。


「……あいつらが通さねえからだろ。理由も出さずに、仕事だなんだ抜かして――」


「そうですか」


 ユストが言う。

 それで終わる。


 終わった、と思った瞬間、フランクが動いた。

 門へじゃない。ユストへでもない。横だ。門の脇を抜ける角度。

 逃げるための一歩だけが、妙に速い。


 その一歩目で、止まった。


 ユストの細い剣が、どこに入ったのか分からない。

 分からないのに、フランクの肩だけが不自然に沈んでいる。

 喉が開いたまま、次の足が出ない。出ないまま、身体が前のめりに固まる。


「そんなに急いで、どちらへ」


 ユストは、笑っているみたいな声で言った。

 馬鹿にしているみたいなのに、声は低くも高くもない。ただ、そこに置かれる。


 フランクの目が見開く。

 怒鳴ろうとしたのか、名前を呼ぼうとしたのか、その口が開いたところへ――黒い大剣が横から入った。


 一度だけだった。


 風を切る音の方が、金属より先に来た。

 その次に、フランクの声が切れた。


 切れた、と思う。

 でも何が起きたのか、篝にはすぐ分からない。

 ただ、さっきまであった顔の高さが、もうそこにない。


 胴だけが、門の前に立っている。

 立っていた形のまま、一拍遅れて膝から折れた。

 布と金具が石に当たり、鈍い音がひとつ鳴る。


 首は、落ちない。


 地面に何も転がらない。

 黒い大剣の影が、振り抜いたあとの腕を少しだけ引いている。その脇に、さっきまでフランクだった重さが、もう収まっている。


 篝の呼吸が止まる。


 門の前に残ったのは、首のない身体だけだ。

 胸元の金色の留め具が、街灯を一度だけ返して、すぐ沈む。

 その下で、血が遅れて石の目地に入っていく。音はしない。音はしないのに、喉の奥だけが鉄みたいにざらつく。


 銀札が半歩下がった。

 顔色が、灯りの下で紙みたいに薄い。

 従者の一人が盾を上げかけ、もう一人が剣を握り直す。握り直したところで、間に合わない。

 本が、また一枚めくれた。


 ぱら。


 それが合図みたいだった。


 左の従者が、遅れて吠える。

 吠えて、盾を前へ出す。

 前へ出した盾ごと、黒い影が横から入った。


 何が当たったのか、篝には見えない。

 見えたのは、盾の縁が街灯を跳ねた次の瞬間に、その人の首から上がもう同じ高さにないことだけだ。

 胴が二歩ぶんだけ走るみたいに前へ出て、そこで崩れる。

 首は落ちない。

 黒い手が、もう持っている。


 もう一人の従者は、剣を振る形にすら入れなかった。

 ユストの細い剣が喉の前を一度だけ撫でる。

 浅い、と思うほど薄い線だったのに、その人はそこで止まった。

 止まったところへ、後ろから大剣が通る。


 音が、短い。

 短いまま、終わる。

 首のない胴が、門の石に肩からぶつかって沈んだ。


 銀札が息を呑む。

 指が空を探る。遅い。

 光を組むより先に、唇が開く。


「待て――自由国に、何をしたか分かって――」


「分かっています」


 ユストが、やわらかい声のまま言った。

 やわらかいのに、その先が一つも残らない。


「ですから、ここで止めます」


 銀札の目が見開く。

 次の言葉を探す口が、言葉より先に空気を失う。

 本がめくれる。

 ぱら。

 その音と重なるように、細い剣が銀札の手元を落とした。指先が空を掴んだまま止まる。

 止まった首筋へ、大剣の影が遅れて届く。


 一拍。


 銀札の胴だけが、その場に残った。

 膝から折れ、門の脇へ崩れる。

 白かった顔の位置には、もう何もない。


 篝は息を吸えない。


 四人。

 もう、誰も立っていない。

 門の前に残っているのは、首のない身体ばかりだ。

 金の留め具。盾の縁。解けなかった指。

 どれも持ち主を失ったみたいに、石の上でばらばらに目へ入る。


 首は、どれも落ちていない。


 黒い宵騎士たちの手元に、布で包まれた重さだけが増えている。

 それを隠そうともしない。

 隠さなくていいものみたいに、静かに持っている。


 門の前に残った胴の列を見て、篝の喉がひくつく。

 酸っぱいものが、遅れてもう一度だけ上がる。

 でも吐けない。吐く前に、喉が細くなる。


 動けなかった。


 フランクだけじゃない。

 誰ひとり、止められなかった。

 止めるとか、助けるとか、その前に、身体がひとつも前へ出なかった。


 ユストが、そこで初めて篝を見た。

 見た、というより、確認した。


「今夜見たことは、ここで終わりです」


 穏やかな声だった。

 責めてもいない。慰めてもいない。

 ただ、終わったものを終わった場所へ置く声だ。


 次の瞬間、鎧が動いた。


 今度は、音がない。


 ガシャガシャは来ない。

 黒い塊が夜の濃いところへほどけるみたいに流れて、街灯の外へ出たところで輪郭をなくす。

 本の白い光だけが最後にひとつ揺れて、それも消えた。


 足音がしない。


 あれだけ鳴っていたはずの鉄が、どこにもない。

 残っているのは、門の前の胴と、石の目地に入った暗い濡れと、冷たい空気だけだ。


 そこでようやく、篝の膝が抜けた。


 石畳が近い。

 近いまま、避けられない。

 両膝が当たって、一拍置いて鈍い痛みが滲む。痛いのに、痛みが薄い。もっと奥の方が冷えている。


 息を吸う。

 うまく入らない。喉の奥だけが細くなって、胸まで落ちてこない。

 吐いたつもりの息が、すぐ詰まる。


 門の前に、首はない。


 そのことだけが、何度も遅れて身体に入ってくる。

 胴だけが残っている。

 残っているのに、もうフランクじゃない。


 篝は石畳に手をついた。

 冷たい。冷たいまま、指が少しだけ震える。


 なんで、動けなかった。


 答えはない。

 門は閉じたまま、何も言わない。

 ただ、さっきまでいたはずの宵騎士の無音だけが、まだ夜の中に残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ