第44話 門と、順番
広場の端に、門が立っていた。
大門は黒く、動く気配がない。脇に、人ひとりが通れる小さな戸がある。そこだけが、夜の中で“入口”の顔をしていた。
先に着いていたフランクが、振り向いた。
篝を見た瞬間、声が先に荒くなる。
「――なんでお前がいるんだよ!」
声が割れる。
怒鳴りながら、フランクは片手で篝を追い払うように指さした。
「寄るな。隠れてろ。邪魔すんな」
優しくはない。言葉が全部、払いのける形をしている。
篝は返事を飲み込んで、門の石柱の影へ身を寄せた。
剣の鞘が腿に当たり、息が一つだけ詰まる。――動く。
門の前に、門番が三人いた。
ハルバード。刃が街灯の薄い光を拾い、長い柄が“通すな”の形を作っている。
「開けろ」
フランクが言った。短い。
「通せない」
門番の一人が返す。これも短い。
「俺が誰だと思ってる」
「あなたを通さないのが、仕事だ」
フランクの指先が、一度だけ震える。
震えが止まった一拍で、動きが鋭くなる。
フランクの腕が一度だけ振れる。
刃が街灯を割って、門番の胸元が沈む。
門番の列が欠けた。
金属が石に当たって鳴り、長い柄が転がる音が遅れてついてくる。
倒れた門番は、息を吸う形のまま止まった。
篝の胃が冷える。
血の色より先に、音が減る。人ひとり分の音が、消える。
篝の喉が、勝手に酸っぱいものを押し上げる。
押し上げて、飲み込む。飲み込んだものが、胃で冷える。
残りの二人が、間を詰めた。
“欠けた分”を埋めるように柄が前へ来る。刃先が街灯を拾い、白い縁が一瞬だけ浮く。
従者の一人が、盾を上げた。
盾の縁が、柄を受けて鳴る。硬い音が二つ重なり、門の石柱の影が揺れる。
門番の一人が踏みとどまろうとして――踏みとどまれない。
靴底が石を擦り、体が扉へ押し付けられる。
扉は止まったまま。止まったまま、肩と肘が先に折れるみたいに沈む。
「仕事だろ。――じゃあ、やめろ」
フランクの声は低い。怒鳴る声じゃない。決める声だ。
フランクは一歩も迷わず前へ出て、倒れた門番を見ない。
見ないまま、空いた隙間へまっすぐ入る。
もう一人の門番が声を出しかける。合図だ。叫びだ。
その喉が“声の形”のまま止まり、空気が詰まる。
吐きかけた息が、鉄の面頬の内側で濡れた音に変わる。
ハルバードの柄が指から抜け、石畳を長く引っかいて滑った。
倒れた門番の手が、まだハルバードの柄を探している。
探す指が、一本だけ動いて――止まる。
盾の男が、足を出した。
倒れた体を避けるでもなく、跨ぐでもなく――踏み越える。
靴底が、濡れたものを一度だけ踏んで、鈍い音を残す。
門番は三人とも、もう“立って止める”形じゃない。
それでも、石畳を滑った柄が、まだ門の前を塞ぐように横たわっている。
塞いだ形だけが残っているのが、いちばん気持ち悪い。
銀札が遅れて、門の横へ回り込んだ。
指が空を探り、口の中で言葉を折る。
薄い光が、空中にかたちを作りかける――作りかけた光が、途中でほどける。
指先が空を掴んで、戻る。
「……解けねえ」
銀札の声が、焦りで乾く。
門の小さな戸へ、フランクの手が伸びた。閂の位置を知っている動きだ。乱暴に掴む。
――動かない。
鍵が合わない感じじゃない。
最後の一押しに、手が行けない。行けるはずなのに、行く前で止まる。
篝は、息を吸った。
扉は、ただ閉じているだけじゃない。閉じた“まま”で終わっている。蝶番の気配がしない。
木が、反応しない。
もう開かない扉だ、と分かる。分かった瞬間、背中の皮膚が薄くなる。
フランクが歯を鳴らした。
「ふざけんな……!」
扉へ、もう一度。今度は力で押し切る動き。
それでも、動かない。動かないことが、フランクの顔を変える。
そのとき、門の内側――見えない場所で、紙が一枚めくれる音がした。
ぱら。
薄いのに、決まっている音。
空気が乾く。砂を撒いたみたいに、喉が一瞬だけざらつく。
篝は理由を探せない。ただ、動いたらいけない、と身体が先に言う。
フランクが、扉から目を離した。
視線が扉から外れて、誰もいないはずの場所を探る。
扉じゃない何かの“順番”だけが、そこにある気がした。
「……誰だ」
返事はない。代わりに、遠くから音が来る。
ガシャ。
ガシャ。
広場の石畳を踏む、重い金属音。ひとつじゃない。揃っている。
フランクの肩が、わずかに跳ねた。息が一つだけ詰まる。
「……チッ」
フランクは、扉をもう一度殴りそうになって、殴らない。
殴っても動かないことを、もう知ったからだ。
ガシャガシャが、近い。
迷う前に次の足音が来て、篝の身体が遅れて追いつく。




