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異物の魔女騎士 ―転生面接で神に拒否され、原初の魔女に拾われた少女―  作者: 畑野きび
第六章:鐘と像

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第43話 警鐘と、順番

警鐘が、遠くで鳴った。


宿の中は、もう暗い。食堂も受付も灯りが落ちていて、残っているのは木の匂いの残りだけだ。

灯りが落ちてから、どれくらい経ったか掴めない。


篝は布団の中で目を開けた。開けた瞬間、音が来る。

意味じゃない。先に、音の硬さだけ。


――外。


広場の方から、金属が擦れる音が近づいてきた。


ガシャ。ガシャ。


ひとつじゃない。重さの違う音が、いくつも、間をそろえている。


(……なんの音だろ)


声にすると喉がひゅっと細くなって、篝は口の中でだけ言った。布団の中で体を起こす。

指先が、無意識に“届く場所”を探る。そこに、鞘の冷たさがある。

冷たさだけは、暗闇でも裏切らない。


ガシャ、ガシャ。


足音は忍ばない。忍ぶ音じゃない。隠すより、真正面から入ってくる音だ。

広場の石畳を踏むたび、街灯の薄い光が甲冑の縁でちいさく弾けるのが、窓の下からでも分かった。


次に見えたのは、光だった。


淡い。火じゃない。松明でもない。

白っぽい紙の光が、歩くたびに揺れる。

揺れるのに、揺れ方だけは妙に規則的で、目が吸われた。


光の中心に、本があった。


本が、勝手に一枚だけ、めくれる。ぱら、とも言えない小さな音。

薄いのに、しっかりした音。その一枚がめくれた瞬間、篝はなぜか「順番」という言葉を思い出しかけて、喉の手前で止まった。


その横を、黒い鎧が通る。


全身が黒い。形は重いのに、歩き方が軽い。床を選ぶみたいに、音の角だけを落としていく。手元に、細い剣。


篝の喉が、少しだけ細くなる。


(……ユストさん、だよね……?)


確信じゃない。けれど、違うと言い切れない。そういう圧が、先に名前を引っ張ってくる。


宿の正面の扉が、開いた。


ガシャ、という音が一段だけ大きくなって、宿の中へ流れ込む。

次の瞬間、階段じゃない位置で金属が擦れた。二階の廊下側だ。近い。


そこで――同じ広場側の、少し離れた窓が。開くのではなく、割れるみたいに押し出される。

暗闇から人影が飛び出した。ひとり、ふたり、三人。遅れて、四人目。


フランクの取り巻きだ、と篝は思った。

理由が見えない。けれど、あの人たちの慌て方だけは、昼間と同じだった。


落ちた、ではない。逃げた、だ。


影たちは広場へ着地すると、振り向かないで走り出した。

最後尾のひとりが、窓の縁へ足を引っかけて遅れる。それでも追いかける。


逃げる影の最後尾――ひとりだけ、ほんの少し遅れている。

腰の留め具の銀が、街灯の光を一度だけはねた。


篝は一拍、置いてしまった。


何が起きているのか掴めない。

掴めないまま、置いていかれたくない。剣の重さが、手の中で“行け”に変わる。


篝は鞘を掴み、窓へ走った。


窓の縁に手をかける。足を出す。

――出せる。だが、どこへ出せばいいかだけが一瞬遅れる。

暗闇のせいじゃない。順番が噛まない。


ガシャガシャ、という音が背中から迫る。


篝は歯を食いしばって、二階の窓から身を乗り出した。


窓の外は、夜の空気が冷たく硬い。

広場の街灯が、石畳を薄く濡れたみたいに照らしている。

そこへ落ちた影たちは、振り向かずに走っていた。

四つの影が、呼吸の乱れだけでつながっている。


篝は、身を乗り出したまま一瞬だけ迷う。

迷いは「行く、行かない」じゃない。

「どこへ足を置くか」だ。


窓の下に、看板の庇がある。

夜露で光っている。降りるなら、庇。

分かっている。だけど、鞘が邪魔をする。長さが、体の動きより先に世界へ引っかかる。


背中で、宿の中が鳴った。

ガシャ――。

音が、階段を選ばずに上がってくる。静かにしていない。壊す音で、近づいてくる。


篝は舌打ちしそうになって、飲み込んだ。

鞘を抱えるようにして、窓の縁へ膝を乗せる。

木の角が、薄い布越しに痛い。痛みが役に立つ。ここだ、と身体が覚える。


もう一度、広場を見る。

最後尾の遅れは、そのままだ。

腰の留め具の銀が、街灯の輪の中で、もう一度だけ跳ねた。


「……っ」


声が出ない。出す必要もない。

篝は窓を蹴らない。体重を前へ落とす。


靴底が庇の端を掴む。

掴んだ瞬間、夜露が滑る。

滑りかけたぶんだけ、指が木の縁へ噛みつく。爪の下が熱い。

鞘が脇腹に当たって、息が詰まる。


――落ちる。


落ちる直前で、宿の中から淡い光が漏れた。

窓の隙間じゃない。扉の合わせ目から、紙の光が一筋だけ。

火じゃない光。近づいてくるのに眩しくない光。


その光と一緒に、音がした。


ぱら。


たった一枚、紙がめくれる音。

薄いのに、決まっている音。

その音がした瞬間、篝の頭に「順番」という言葉が浮かびかけて、喉のところで折れた。

折れたまま、残るのは“決まってしまう”感じだけだ。


(やばい)


意味は掴めない。けれど、身体が先に判断する。

篝は庇から身を離し、二段目を探さずに飛んだ。


石畳が、足裏から冷たさを叩き上げる。

膝が沈む。沈んで、戻る。

鞘が腿を叩く。痛い。でも折れていない。呼吸が一つ、やっと戻る。


篝は顔を上げた。


広場の端へ、影が吸い込まれていく。

四つの影。遅れた留め具の銀。

追いつける。けれど、今は距離の計算ができない。


背後で、宿の扉が――もう一度、重く鳴った。

ガシャ、という音が、街灯の下へ溢れてくる。


篝は剣の柄を握り直した。

抜かない。抜けない。抜く理由が見えない。

理由が見えない。けれど、足だけが前へ出る。


走り出した瞬間、石畳の冷たさが、足の裏に「ここは外だ」を叩き込んだ。


ぱら、と一枚めくれる規則の音だけが残って、篝の中で順番が勝手に決まっていく。

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