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異物の魔女騎士 ―転生面接で神に拒否され、原初の魔女に拾われた少女―  作者: 畑野きび
第六章:鐘と像

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第37話 目と、その次

 ユストは笑顔のまま、篝の木剣を一度だけ見た。

 見たのに、褒めない。顔色も変えない。


「立ち合いを。少しだけ」


 言い方が軽い。軽いのに、断れない重さがある。

 篝は喉で返事を飲み込んで、うなずいた。


 セルジュが、篝の少し横に立つ。

 近づきすぎない距離。昨日と同じ距離。

 でも今日は、距離が"守り"じゃなく、"証人"に見える。


 ユストが木剣を持ち上げる。

 上げ方が静かすぎて、木の擦れる音があとからついてくる。


 石灰の白が、床に残っている。

 白は動かない。動かないのに、足が勝手に合わせようとする。


「いきます」


 ユストの声は荒くない。

 荒くないまま、剣先だけが、ふっと寄った。


 来る。


 篝の身体が先に動いた。

 受ける位置に、木剣が"置かれて"しまう。


 ユストの剣は、そこに当たらない。

 当たらないまま、すぐ別の角度へ滑る。


 ――次。


 篝は追いかけてしまう。

 追いかけた瞬間、足首が"その次"へずれかける。


 寄った。

 でも、どっちだ。


 右か、左か。

 上か、まだ下か。

 分からないのに、身体は迷ってるふりをしない。


 篝は、一拍遅らせて止めた。

 止めたつもりなのに、止めたのは"迷い"だけで、動きは続いている気がする。


 ユストが笑った。笑いは短い。

 短いのに、息が減る。


 もう一度。

 今度は、剣先が揺れない。肩だけが落ちる。


 来る。――いや、来ない。


 篝の木剣が、空を受けた。

 受けた瞬間、掌の熱が少しだけ恥ずかしい。


 ユストの剣が、そこから遅れて入ってくる。

 遅れているのに、鋭い。


 篝は間に合った。

 間に合ったのが、怖い。

 怖いのに、息が乱れない。乱れる前に、身体が次へ行こうとする。


 ユストの眉だけが、ほんの少し動いた。

 笑顔は残る。残ったまま、動きだけが速くなる。


 剣先が一度だけ上がる。

 上がって、落ちる――ように見える。


 篝は落ちるのを待たなかった。

 待たないで、受ける位置へ置く。


 当たらない。

 当たらないまま、ユストの剣は止まる。


 止まったのに、篝の足首が勝手に"その次"へ寄る。

 寄って、戻る。戻るのに、胸の奥だけが遅れる。


 ユストが、息を吸った。

 吸い方が浅い。


「……次は、読めてますね」


 言葉が褒めに見えない。

 評価じゃなく、確認だ。


 篝は答えない。

 答えると、確定してしまいそうだった。


 ユストは、もう一度だけ入った。

 今度は、剣先じゃない。視線が先に刺さる。


 目。


 目を狙う、という言葉が来る前に、篝の身体が先に反応した。

 木剣が、眼前に"置かれる"。


 盾みたいに。

 でも盾じゃない。置いただけだ。置いたのに、そこが一番安全だと分かってしまう。


 ユストの剣が止まった。

 止まり方が、ひとつも迷っていない。


 静かに、ユストが木剣を下ろした。


「今日は、ここまでにしましょう」


 セルジュが息を吐く。

 吐いた音が小さすぎて、篝だけが聞いた気がした。


 篝は木剣を下ろした。

 下ろしたのに、掌の熱が消えない。

 消えないまま、足首がまた"その次"へ寄りかける。寄りかけて、踏みとどまる。


 ユストは笑顔のまま、篝を見る。

 見方が、さっきより近い。距離は動いてないのに。


「どこまで見えてますか」


 短い質問。

 逃げ道が少ない。


 篝は一度だけ唇を湿らせた。

 言葉が先に形になりそうで、怖い。


「……今の動きと、次の動きは」


「次の次は、どうですか」


 ユストが重ねた。

 重ね方が丁寧なのに、詰めてくる。


 篝は一拍置いた。

 置いた一拍が、喉の奥を戻してくれる。


「確定しないです」

 篝は言ってしまう。言ってから、少し後悔する。

「でも……分かれる感じがする。右か左か、上か下か。どれも、ありえるって」


 ユストは笑顔のまま、首をわずかに傾げた。

 納得じゃない。整理している顔。


「じゃあ、ぼく以外は」


 篝は反射で、セルジュの方を見そうになって止めた。

 止めたのに、分かってしまう。


 セルジュは位置を変えない。

 変えないのに、手袋の指先が一瞬だけ強く曲がって、戻る。

 その戻り方で、"次に動くなら、足から"だと想像してしまう。


「……セルジュさんが、もし動くなら。どっちに寄るかも……なんとなく」


 セルジュが一度だけ瞬きをした。

 驚きじゃない顔。驚きを出さない顔。


 ユストの笑顔が、少しだけ薄くなる。

 薄くなるのに、声は軽いまま。


「それ、困りますね」


 困る、が冗談に聞こえない。

 篝は木剣の柄を見る。見て、逃げたくないと思う。逃げたら、もっと変なところへ行く。


「あなたの動き、素直すぎます」

 ユストは言う。言い切ってから、続けない。

 続けないのに、言葉だけが残る。


 素直。

 その単語の意味が分からない。

 分からないのに、掌の熱と合わない気がした。


 セルジュが、そこで口を挟んだ。

 声は低くない。余計な圧もない。


「……その前に」

 セルジュは篝の木剣を見た。

「素振りを、一回。見てからにしてください」


 ユストは一拍置いた。

 置いた一拍が、拒否じゃないのが分かる。

 分かるのに、許可に聞こえるのが怖い。


「いいですよ」

 ユストは笑って言った。

「見せてください」


 篝は、立ち方を戻す。

 かかと。背中。肩の開き。

 昨日の順番が、勝手に並ぶ。


 振る。


 振った瞬間、戻りが先に決まっている。

 決まっているのに、速くない。

 速さじゃなく、ズレない。


 もう一度。


 篝の足首が"その次"へ寄りかける。

 寄りかけて、篝は踏みとどまる。

 踏みとどまれたのが、少しだけ嬉しい。


 ユストは黙って見ていた。

 黙ったまま、目だけが忙しい。


 最後の一振りが終わったあと、ユストが小さく息を吐いた。

 吐いた息が、笑いに混ざる手前で止まる。


「……小細工はいらなさそうですね」


 言い方は軽い。

 でも、軽く終わらない感じが、床の白に残った。


 篝は木剣を下ろした。

 下ろした掌の熱が、まだ消えない。


 消したくない。

 でも――自分のものでいてほしい。

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