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異物の魔女騎士 ―転生面接で神に拒否され、原初の魔女に拾われた少女―  作者: 畑野きび
第六章:鐘と像

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第36話 石灰と、受理

 訓練場の扉は、押すと重い音がした。

 音の割に、外気は静かで、冷たい。


 中は白い。

 石灰の線が、昨日よりはっきり残っている。踏めば消える白さなのに、消えないふりをしている。


 先に入った人がいる。

 鎧の金具が鳴らない。立つ位置だけで分かる。セルジュだ。


「……来ました」


「はい。急がなくていいですよ」


 セルジュは笑わない。

 でも、声が硬くならない。昨日と同じ温度で、そこだけが助かる。


 篝は木剣を握った。

 握った瞬間、掌の内側が少し熱くなる。熱は戻る。でも、落ち着かない。熱と一緒に、昨日の順番まで戻ってくる。


 かかと。背中。肩の開き。

 ひとつ動く前に、“戻り”が先に胸の奥で鳴る。


「素振りを一回。見せてください」


「……はい」


 振る。

 止める。

 止めた先で――見る。


 セルジュの顔じゃない。手と足だけ。

 昨日の言葉が、そこに残っている。


 セルジュが木剣を持ち上げた。

 振らない。入りの角度だけ置く。


 ――来る。


 篝の身体がそう言う。

 言った瞬間、篝の足首が動きかけた。踏み出していないのに、次の位置を先に探すみたいに。


 セルジュが上に入る“前”に、篝の腕が勝手に上を受ける形を置いた。

 止めたはずなのに、腕が戻り、腰だけが横へ逃げる。


 次。

 その次。


 剣を下ろすより先に、足が“その次”へ行きたがる。

 行きたがるのに、重心はぶれない。ぶれないまま、勝手に繋がる。


 篝は息を飲んだ。

 飲んだ息が、喉の奥で止まる。声にならない。


「……篝さん」


 セルジュの声が入った。短い。

 短いのに、場が戻る。


 セルジュがもう一度、入りかける。

 今度は横。腰が先に回る。肘が開きかける。


 篝の腕が、勝手に横へ出た。

 出た瞬間、足が――その次の“戻り”へ寄る。戻りへ寄りながら、剣先が上を警戒する形になる。


 上。

 横の次は、上。


 それが“分かってしまう”のが怖い。

 怖いのに、止められない。


「……止めます」


 セルジュは大きな声を出さない。

 でも、その一言が合図になる。木剣の先が下がる。篝の腕も、遅れて下がる。


 下げた瞬間、遅れて気づく。

 自分の足が、いま、どこに置かれているか。


 石灰の線のすぐ内側。

 踏んでいないつもりだったのに、靴底の粉が少しだけ白い。


「大丈夫。大丈夫です」


 セルジュは言い直すみたいに繰り返した。

 大丈夫の言い方が、“褒め”じゃない。そこだけが本当っぽい。


 篝は、うなずいた。

 うなずくしかなかった。うなずく動作だけが、自分のものに残っている。


「……さっきの、いまの。……次の次が、出てます」


 自分で言って、変だと思った。

 言葉が先に“形”になってしまう。意味は後から追いかけるだけ。


 セルジュは一拍おいた。

 その一拍が、息を戻してくれる。


「見えてる、って言うより……身体が、先に動いてる」


 セルジュは篝の足元を見る。

 見て、言い切らない。言い切らないまま、決める。


「今日は、ここまでにしましょう」


「……え」


「危ないから、じゃないです」

 セルジュは先に否定した。短く。

「危ない“前”が、増えてる」


 篝は言い返せなかった。

 増えてる。増えてるのが分かる。分かるのに、止められない。


 扉の方で、気配が増えた。

 足音はしない。金具も鳴らない。なのに、影だけが濃くなる。


 セルジュが、篝より先にそちらを見た。

 見てから、すぐ視線を戻す。篝に向けて戻す。戻し方が、“守る”じゃない。


「……来ました」


「来た、って……」


 影の中から、人が一歩だけ入った。

 笑顔だった。笑顔のまま、距離を詰めない。


「ユストです。灯切から――“受理”に来ました」


 “受理”。

 その単語だけが、石みたいに落ちた。軽く言ったのに、軽くならない。


 篝は木剣の柄を見た。

 見たまま、顔を上げる。逃げたくない。逃げると、もっと変なところへ行きそうだ。


「篝さんで、合ってますか」


「……はい」


「いまの動き。ご自分で止められますか」


 止められますか。

 責められてはいない。

 でも、答えだけが残る。


 篝は一度だけ息を吐いた。

 吐いた息が、冷たいまま戻ってくる。


「……止めた、つもりでした。でも」


 “でも”の後が、言葉にならない。

 言葉にした瞬間、もっと確定してしまう気がした。


 ユストは、笑顔のままうなずいた。

 うなずき方が軽い。軽いのに、手続きだけが重い。


「確認します。いまは――木剣は下ろしていてください」


 篝は木剣を下ろした。

 下ろした瞬間、足首がまた“その次”へ寄りかける。寄りかけて、止まる。


 止まったのは、自分の意思じゃない。

 セルジュが、篝の少し横に立った。近づきすぎない距離で。


「ついてます」

 セルジュは小さく言った。

「だから、いまは、下ろして」


 篝は、うなずいた。

 うなずいたまま、掌の熱だけを見つめた。


 この熱を、消したくない。

 でも、このままだと――自分のものじゃなくなる。

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