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異物の魔女騎士 ―転生面接で神に拒否され、原初の魔女に拾われた少女―  作者: 畑野きび
第五章:外のこと。

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第26話 さらり

 小屋を出ると、列の声がすぐ戻ってきた。

 さっきまで薄かった靴音が、急に現実の硬さになる。


 ミカは迷わず、線の外へ足を運んだ。

 篝もついていく。外套の下で、内ポケットの口がまだ少し開いているのを思い出して、指が寄りかけた。


 寄りかけて、止める。

 止めても、指先だけが落ち着かない。


 街側へ入る手前に、小さな詰所があった。

 門というほどじゃない。机が一つ。立っている衛兵が一人。


 衛兵は声を荒げない。

 視線だけで止まれと言って、次に指先で、出せ、を作る。


 ミカが外套の前を押さえ、胸の内側の通行証入れから紙を二枚だけ抜いた。

 机の上へ滑らせる。角が揃う。


 衛兵の指が、紙の端を一度だけ押さえた。

 印の位置を見て、枚数を確かめて、すぐ戻す。


 ミカが受け取って、同じ速度で通行証入れへ落とし込む。

 通行証入れの口を閉じる。外から見えない。


 それだけで、通された。


 歩き出した瞬間、篝の指がまた内ポケットの口を探しにいく。

 開いてるかもわからないのに、塞ぎに行きたくなる。


 ミカの手が外套の裾を押さえ直した。

 風にめくられない位置へ寄せる――ついでみたいに、篝の手が“そこへ行けない”位置に落ち着く。


 ミカの背中は止まらない。

 篝も止まらず、そのまま歩いた。


 舗装は整っているのに、足が勝手に小さくなる。

 踏んでいい場所が、決まっている気がする。


 店はある。人もいる。

 声も、笑い声も、ちゃんとある。

 なのに、どれも長居しない。立ち止まって伸びるはずの時間が、伸びない。


 道の脇に、小さな台が出ていた。

 瓶が並んでいる。白い粉。札は短い字で、用途だけ。


 売り子は客の顔を見ない。

 手だけが早い。帳面に一行。ペン先の横で、粉がさらり、と落ちる。インクの光がすぐ消えた。


 ミカが足を止めた。止めたのに、長居しない止まり方。

 革袋を少し持ち上げて、硬貨を一枚だけ、台の皿へ置く。


 売り子は数えない。重さを指先で受けて、瓶を一つ紙で包んで滑らせた。

 ミカは受け取って、外套の内側へしまう。位置が決まっているみたいに、迷いがない。


 篝は喉の奥がきゅっとなった。

 あの小屋で見た「さらり」が、街の買い物にも混ざっている。


 屋台の札が風に揺れて、紙が乾いた音を立てた。

 さっきの机を思い出す。『さらり』の怖さ。


 外套の下で、内ポケットのあたりがむずむずする。

 もう閉じてあるはずなのに、指が「塞げ」と言ってくる。


 ミカが裾を押さえ直した。

 風よけの動作のふりで、篝の手が動く余地を減らす。


 角を曲がると、騎士像が立っていた。

 フルプレート。兜の目のところが暗い。抜き身じゃない剣を、胸の前で抱えている。


 通る人が、像に向かって一瞬だけ指を重ねた。

 誰も止まらない。息を吸って吐くのと同じ速さ。


 篝は横目で見て、首の奥がちょっとだけ引っかかった。

 ……なんなんだろ、あれ。


 ミカは振り向かない。

 篝も追いかけるだけで、考える前に角を抜けた。


 街の外縁は、急に「道」になる。

 線が減って、かわりに風が増える。湿り気の匂いが戻ってくる。


 道の脇に、低い石の台があった。

 段、というほど高くない。角が欠けて、苔が薄く張っている。

 中央だけ、妙に擦れていた。何かを置いた跡みたいに、石の色が違う。


 台の縁に、古い蝋の固まりが残っている。

 灰みたいな粉も、雨で流れ切らずに溝に溜まっていた。


 ミカが、そこへ寄った。

 足先で小石を一つだけどかす。払う、じゃない。場所を空けるだけ。


 ミカが歩幅を少し落とした。

 止まるほどじゃない。でも、次を始める前の速さ。


 外套の前を押さえて、指を重ねる。

 唇だけが動く。音が出ない。


 篝は、昨日より長く見ない。

 見ていると、呼吸が乱れるのがわかってきたから。


 ミカが息を吐き切って、歩き出す。

 篝も歩き出す。


 塔へ向かう道が、またほどけた。


 目の焦点が滑る。

 耳の奥が薄く詰まって、遠い音だけが残る。


 篝は足元を見る。

 石の欠け。湿った土。草の折れ。そういう「嘘をつかないもの」だけ拾う。


 ほどける時間は短い。

 短いのに、戻り方が急だ。


 戻った先は、同じ匂いのはずなのに、違う。

 土と湿り気の奥に、紙の乾きがまだ残っている。


「……止まって」


 ミカが小さく言った。声は低い。

 篝は止まる。止まって、息を吐く。


 前方の道が、ほんの少しだけ「曲がる」。

 曲がっていないのに、曲がったみたいに見える。


 篝の目が追いかけそうになって、喉が細くなる。

 追ったら、戻れない気がした。


 ミカは何もしない。

 ただ、外套の前を押さえたまま、呼吸だけ整える。


 篝も真似る。

 指先を握り込まない。肩を上げない。息を浅くしない。


 数えるほどの間のあとで、道が道に戻った。

 曲がって見えたところが、ただの影に戻る。


 ミカが歩き出す。

 篝も続く。遅れない距離で。


 塔が見えて、館の空気が戻ってくる。

 玄関の前で、篝は外套の裾を押さえた。癖みたいに。


 内ポケットに指が寄りかける。

 寄りかけて、止める。

 止めたのに、指先だけがまだ探っている。


 扉が閉まる音が、背中で鳴った。

 それで外の匂いが切れる。


 玄関ホールの影に、背もたれだけの椅子がいた。

 いつも通り、そこにいるだけ。


(ただいま、セナ)


 それでやっと、息が深くなる。


 ――遠ざかったはずなのに。

 乾いた印の音だけが、まだ耳の奥に残っていた。

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