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異物の魔女騎士 ―転生面接で神に拒否され、原初の魔女に拾われた少女―  作者: 畑野きび
第五章:外のこと。

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第24話 急ぐと目立つ

 昼食が終わって、皿が下げられて、卓の上だけが空いた。


 空いた、はずなのに。

 喉の奥にはまだ、さっきの紙の文が引っかかっている。

 言葉を出したら崩れる、みたいな残り方。


「午後も続行です」

 ミカが言った。

 続行。授業みたいな単語なのに、顔が全然ちがう。作業の顔だ。考えさせない顔。


「……準備です」


 準備。

 何の準備。聞く前に、卓の上へ物が並び始めた。


 布。乾いた布。紐。外套。内ポケットの口が開けられている。

 金属の盆に、冷たい水。石鹸。泡立て用みたいな小さな刷毛。

 それから、篝の訓練装備がまとめて置かれた。革のベルト、革紐、手袋。鞘の外側を包む薄布。


 台所のほうから、音がする。

 木が擦れる音。金属が鳴る音。何かが、勝手に椅子を引くみたいな音。


 篝がそっちへ目をやりかけると、ミカが短く言った。


「入らない」


 ミカの声に、篝の視線が引き戻された。

 台所は、ミカの領域だ。扉の向こうから、金属が擦れる気配と、石鹸とも薬草ともつかない匂いが漏れてくる。

 中を見たことはないのに、近づこうとすると指先が勝手に止まる。篝の体が、それを先に覚えている。


 椅子にだらけている魔女が、頬杖のまま欠伸をした。

 退屈そうなのに、目だけは卓の手元を追っている。


「午後のお勉強会は、洗い物です」

 ミカが言い直す。

「……道具の手入れです」


 入口のほうから、足音。

 リトが入ってきた。機嫌が良いわけでも悪いわけでもない、いつもの無駄のなさ。


 魔女が軽く言う。

「レグナ、行く」


 リトは何も言わない。

 篝を見て、顎を少しだけ引いた。


 篝は頷きかけて、止めた。

 レグナ――知らない。地名? 人?

 どっちにしても、今の自分の中にない。


 篝は口を閉じた。


「これ。やる」


 投げるみたいに、革の小物が卓へ置かれた。

 通行証入れ――に見える。けど、近づいた瞬間、匂いが刺さった。


 鉄っぽい。

 濡れていないのに、濡れた血の想像が先に来る。


 篝の息が浅くなった。

 声が出そうになって、喉の奥で噛み殺した。

 止めるほうが先に来る。


 リトは篝の顔色を一瞬だけ見て、もう興味が切れたみたいに視線を外した。


「魔女から聞いた。あっち行くなら、これが一番“黙らせる”」


 黙らせる。

 何を。誰を。

 聞く前に、ミカが手を伸ばした。


「触る前に、泡」


 泡。

 命令が短い。短いのに、逆らう余地がない。


 ミカが水盆の縁で、石鹸を軽く擦った。

 泡だけが立つように、指先でやる。水は増やさない。


「冷たいまま。濡らしすぎない。こすらない」


 篝は頷いた。返事じゃなく、頷き。

 頷くたびに、喉の奥の文が少しだけ落ち着く。


 泡を布に取って、通行証入れの表面へ当てた。


 冷たい。

 泡は軽いのに、革は硬い。

 指先の力を抜こうとすると、逆に震える。力を入れたら傷が残りそうで、怖い。


 魔女が口を挟む。

「早く外行こ」


「行きません」

 ミカの即答が、泡より冷たい。


 篝は息をひとつ吸った。

 泡を“置く”。拭く、じゃない。置いて、持ち上げる。


 布を替える。乾いた布で、表面の水分だけを拾う。

 革の角に溜まる泡が、白く残る。そこを指先で追いすぎると、こすってしまいそうで、手が止まる。


「そこ、止める」

 ミカが言った。

 指先が篝の手元へ“線”を引くみたいに入る。声じゃなく、動きで止められた。


 篝は、止めた。

 止めたら勝ち。さっきの紙が、ここに繋がってくる。


「外で使うものは全部洗います。徹底的に」


 全部。

 革紐も、ベルトも、手袋も。


 篝は、黙って並べ替えた。

 訓練装備が卓の上で、生活用品みたいな顔をし始める。

 笑いそうになる。

 でも、笑えない。


 ミカが通行証入れを持ち上げ、角度を変えた。

 金具の位置。刻印の位置。目が引っかかるところだけを潰していく手つき。


 布の筒――薄いスリーブに通して、金具を見えなくする。

 外套の内ポケットに入れて、紐で固定する。

 外から触れる位置には置かない。結び目で、動かないようにする。


 説明はない。

 手元だけで、全部決まっていく。


 篝は真似をした。

 見よう見まねで、同じ結び目を作ろうとして、指がもつれる。

 ミカが言う。


「急ぐと目立つ」


 篝は一度だけ息を置いた。

 置いた瞬間、さっきまでの焦りが“音”になって自分に返ってきた。

 

 篝は外套を羽織りなおして、肋のあたりの結び目を指で確かめた。

 

 ミカが、篝の前へ三つだけ置くみたいに言った。


「見せるのは、通行証だけ」

「何かあったら、私が前に出ます。あなたは黙って、息を整えて」

「嘘が一番アウト。答えは短く、事実だけ」


 篝は小さく頷いた。

 頷くたび、喉の奥に“型”が沈んでいく。


 魔女が急に身を乗り出した。退屈つぶしの顔だ。


「見せて。触っていい?」

 指が、内ポケットのあたりへ伸びる。


 篝の視線が、伸びてくる指先に吸われた。

 

 舌が動くより早く――ミカが一歩前に出た。


 手の甲で、線を引くみたいに遮る。

 ただ、前に出る。


「通行証だけです」

 ミカの声は低い。


 篝は、呼吸に戻った。

 胸の奥の渦に、蓋がされる。

 喋らない、が型になる。


 魔女が唇を尖らせる。

「けち」


 ミカが、息に混ぜるみたいに言った。


「……あまり、からかわないでください」


 篝は、内ポケットのあたりを、布越しに撫でた。

 さっきまで刺さっていた鉄っぽさが、薄くなっている。

 消えたわけじゃない。重さだけが残る。


 ミカが、結び目を最後に指で押さえた。

 満足じゃない顔。

 でも、“最低限OK”の顔。


「これで、質問が減ります」

 それだけ言って、ミカは卓の端を片づけ始めた。


 魔女が欠伸をする。

「まだ?」


「まだです。剣に処置をしていません」

 ミカが即答した。


 分からないことは山ほどある。

 でも、分からないって言っていい。


 次は剣。

 その言葉だけが、机の上に残っていた。

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