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異物の魔女騎士 ―転生面接で神に拒否され、原初の魔女に拾われた少女―  作者: 畑野きび
第五章:外のこと。

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第23話 口の型

 食堂の長い卓が、今日は机になっていた。


 皿もカップもない。

 代わりに、でかい地図。角を押さえる小石。紙束。インク壺。羽ペン。

 そして、妙に真面目な顔のミカ。


 篝は椅子を引いた。静かに、のつもりが木の音が少し響く。

 だらけて座っている魔女が、片目だけ上げた。背もたれに体を預けたままなのに、視線だけが鋭い。


 ミカの指が地図の端を押さえた。

 篝は、言われる前に紙束の角を押さえた。角が皮膚に食い込む。紙って硬い。


「図書室代わりですが」

 ミカは咳払いをひとつして、間を置かずに言った。

「……お勉強会です。外に出る前に、口の型を仕込みます」


 型。

 舌の上で転がすだけで、歯の裏がざらつく。


 発声練習? 面接?

 当てはめ先を探す間に、ミカの顔が「違う」を先に出していた。切羽詰まってる。怒鳴る寸前じゃないのに、戻れない感じ。


「放鳥」

 魔女が横から軽く言う。


 篝の胸が、ひゅっと冷えた。

 鳥かごの金網が、目の前に一瞬だけ立つ。自分の指がその隙間から出ない。想像が勝手に先に進む。


「その言い方はやめてください」

 ミカが即座に切った。魔女の方は見ない。篝だけを見る。

「……外慣らしです。今日は型。実地は、次」


 外慣らし。

 喉に犬の首輪みたいな言葉が引っかかる。言い返したくなるのに、ミカの目が「口を動かすな」を先に押してくる。


 ミカは紙を三枚、卓へ並べた。

 全部、手書きだ。字が揃っている。揃いすぎていて逆に怖い。余白に細い字がびっしりで、何回も見直した跡がある。


 ……ミカ、これ作るのに寝てないんじゃない?

 そういう心配だけが、先に分かった。


「一枚目。絶対ルール」

 ミカは指先で叩いた。

「嘘が一番アウト。これは覆りません」


 嘘がアウト。それは分かる。

 でも“覆りません”が硬い。蓋が閉まる音がする。


「分からないなら」

 声が少しだけ強くなる。

「“分からないです”」


 篝は反射で口を開きかけた。


 ミカが先回りした。篝の声が出る前に、言葉だけを奪うみたいに。

 ――何も言わせてもらえない。


「答えは、“分からないです”です」

「強がりで押すと、制度で詰みます。だから、そこで止めます」


 制度。

 見えない箱が机の上に置かれた気がした。触ったら指が切れるのに、中身は見えないやつ。


「せいど……?」

 聞き返す声が喉の奥で引っかかった。

 ミカの顔が「あと」と言っている。質問の順番まで決められてる。


 魔女が、ふふ、と笑う。

「やさしい、詰み」


 篝の眉が勝手に寄った。

 詰む、って何が。終わるって何が。手のひらがじっとりして、紙の角がさっきより痛い。


「茶化さないでください」

 ミカは笑わない。篝の目だけを押さえるように見てくる。

「分からない、だけじゃなくて。言えないことが出たら、こっち」


 ミカは二つ目の文を、紙から読み上げた。


「“今は言えません。手続きの範囲でお答えします”」


 篝は、そのまま復唱した。

「今は言えません。手続きの範囲で、お答えします」


 長い。

 舌がもつれそうになる。けど、言い直させない圧がある。


「噛みそうでも言う。型を崩さない」

 ミカは淡々と言って、余白に小さく書き足した。

 インクが濃い。力が入ってる。ミカの焦りが、ペン先から滲んでるみたいだ。


 篝は息を吸った。

 質問が喉まで来てるのに、出す場所がない。胸の奥で渦を巻いたまま、飲み込むしかない。


「二枚目。禁句と言い換え」

 ミカの指が、止まらない。篝の理解が追いつくのを待たない速度だ。


「固有名を言うのは構いません。称える方向なら、騎士がニコニコするだけです」


 騎士。

 知らない人が、机の上に増える。紙の余白が狭くなるみたいに、頭の中が詰まる。


「ただし。貶す言い方は駄目です。茶化すのも。悪意がなくても、アウトに見える言い方があります」


 篝は紙を覗き込む。

 そこに短い字。


 ――“走ってただけ”は禁止。


「これ」

 ミカが言った。

「言った瞬間に、意図を疑われます」


 意図。

 疑われる。

 背中の皮膚が薄くなる。見えない目が増える感じがする。


「でも、実際……」

 篝はつい口を開いてしまった。前提が分からないままなのが、気持ち悪すぎて。

「走って――」


「違います」

 ミカが即座に切る。刃物みたいに真っ直ぐだ。

「正解はこれ。“基礎訓練です”」


 基礎訓練。

 急に学校っぽい単語が出てきて、逆に背筋が寒い。ここで学校の言葉を使うのが、何かを隠すみたいで。


 魔女が、わざとらしく口を挟む。

「走る、遊び」


 篝の口が、つられて笑いそうになる。


 笑いそうになった、その瞬間

 ミカが紙を叩いた。

 乾いた音が、叱られた音に聞こえた。


「釣られない」


 篝は息を吸って、言い直す。

「基礎訓練です」


「もう一回」


「基礎訓練です」


 口の中で、言葉が“味”みたいに残る。

 意味は乗らないのに、正解だけが舌に貼りつく。背中がぞわっとした。


「三枚目。線引き」

 ミカは三枚目を引き寄せる。

 箇条書き。枠線。最後だけ字がでかい。


 ――止める。


「取り調べの型。要件、最小事実、止める。説明しない。同じ文を繰り返していい」


 取り調べ。

 その単語が落ちた瞬間、胃が重くなる。ニュースの声が頭の中で鳴る。自分が? 外に出るだけで?


「質問は後です」

 

 ミカが紙の上に指を置いた。

 “止める”の字の上で、指先が一度だけ沈む。

 篝の喉に上がってきた言葉が、そこで引っかかった。

 

「今は暗唱。体に入れる。考えるのは、あと」


 体に入れる、って何。

 でも、ミカの目が「考えると遅い」を押しつけてくる。遅いと――駄目になる。


 魔女が身を乗り出す。

「いろいろ、語りたくなる」


 語りたくなる。

 それは分かる。説明すれば、少しは通る気がする。

 分かるからこそ、止める理由も分かってしまって、喉が細くなる。


 篝は反射でうんと言いかけて、舌が歯に当たって、慌てて口を閉じた。


 ミカの指が“止める”を叩く。

「そう。止める。止めたら勝ちです」


 勝ち。

 ようやく分かる言葉が来た。

 でも、勝ちの形が見えない。負けの形だけが、先に想像に出る。


「境界が、あります」

 ミカは地図の端を指でなぞった。町の外縁に小さな印。

「簡易関門。衛兵。ここで手続きがあります」


「ここで聞かれます。『何をしていた?』」

 

 ミカは言って、二枚目の「禁句」の紙を軽く叩く。


「だから、“基礎訓練です”。それ以上、足さない」


 印。関門。衛兵。

 地図の上の点が、急に喉の奥に移る。そこを通らないといけない、という圧だけが分かる。


「持ち込み禁止。血の匂いが残るものは町へ入れない。危ないからじゃない。制度で詰むから」


 血。

 篝の背中が冷えた。訓練の擦り傷が、急に汚れに変わる。匂いなんて分からないのに、残っている気がしてくる。


「夜のルール。晩鐘が鳴ったら夜。出ません」

 ミカは機能だけで叩くように言った。

「出るなら歩く。走らない。呼び止められたら止まる」


 晩鐘。

 音が鳴ったら、空気が夜になる。そういうルール。帰れじゃなくて、出るな。


「相手で変わります。衛兵か、騎士か。迷ったら、口を減らす」


 口を減らす。

 言葉の数を減らすだけで、生き残る世界なんだ――と思った瞬間、息が浅くなる。


 魔女がわざとらしくため息をつく。

「宵騎士、こわい」


 ミカは短く返した。

「夜に来ます。情報が揃ってから来ます」


 情報。揃う。

 誰の頭の中に、何が揃うのか。篝の指が無意識に紙の端を押さえ直した。折り目が増える。


「魔法と守護。初回は見せません。必要なら私が場を作る」

 ミカは息もつかない。


「護衛が発生します。善意の監視です。自由が削れます」


 自由が削れる。

 その言い方だけ、やけに分かる。

 分かるから、胸がぎゅっとなる。


「ギルド」

 ミカは三枚目の下の余白を叩いた。そこにも小さい字の書き込みがある。いつの間に。

「安全装置です。でも情報が流れます。初回は使わないか登録だけ。依頼を受けたら騎士団に連絡が入る」


「ぎ、るど……?」

 篝はやっと声に出た。

 単語が口から落ちただけで、意味は落ちてこない。


「質問は後」

 ミカは言い切った。優しさが、優しさのまま刃になってる。

「いま必要なのは、“口の型”」


 篝は口を閉じた。

 閉じる、も型。今日の型。


「あと。前衛なしで受注は許可しません。等級に応じて騎士が付く運用になります」


 前衛。受注。等級。運用。

 ゲームの言葉に似ているのに、ゲームの軽さがない。胃がきしむ。


 篝は反発を飲み込んだ。

 言い返すほど、喉が乾くだけだ。乾いた声は、たぶん余計に疑われる。


「教会」

 ミカが言った瞬間、篝の頭に、館の奥の小さな部屋が差し込んだ。

 冷たい空気。低い灯り。祭壇みたいな台の前で、ミカが膝をついて、手を合わせていた。

 ――あれと、同じ種類の場所?

 分かったふりをしたくて口が動きかけるのに、言葉にしたらまた何かを踏みそうで、篝は飲み込んだ。


「入ったら余計な感想を言わない。口が勝ちそうなら、これで止める。“……似ています”」


 篝は小さく復唱した。

「……似ています」


「その先を足さない」


 魔女が面白がって言う。

「『似てる、誰に?』」


 篝の舌が勝手に動きかける。

 誰に、って――。


「止める」

 ミカは短く言った。

「聞かれた分だけ答える。答えられないなら、“今は言えません”」


 篝は喉を鳴らして頷いた。

 頷くと首の筋が張る。体だけが先に覚えようとしてる。


 ミカは三枚目を裏返した。

 裏にも字がある。箇条書き。短い。配るための行程。


「次の外出の日。入域。宿。教会、外観だけ。市場で一つ買う。帰り導線確認。今日は机上。実地は次」

 

 ミカが、句点ごとに区切って読み上げる。

 

 篝は、その裏面を見た。

 読めるのに、頭に入らない。目だけが滑る。

 でも、紙の重さだけは分かる。これが“型”の重さ。


「今日は行きません。今日は型」

 ミカが釘を刺す。

「外慣らしは、次」


 魔女が欠伸のふりをした。

「つまんない。外行く」


「行きません」

 ミカは即答した。


 篝は紙を折りたたんで、膝の上に置いた。

 折り目をつける指先が、少し震えた。


 分からないことは山ほどある。

 でも、分からないと言っていい。言っていい形が、紙に載ってる。


 分からないなら。


 篝は胸の中で固定文をなぞった。

 それだけで、ほんの少しだけ息がしやすくなった

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