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異物の魔女騎士 ―転生面接で神に拒否され、原初の魔女に拾われた少女―  作者: 畑野きび
第五章:外のこと。

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第22話 反復

あるく。くりかえす。

なにに、なる。

 それから一週間ほど、篝は順番を崩さずに過ごした。

 走って、振って、外へ出て、戻る。

 息が胸でばたつく感じも、腕が鉛みたいに戻ってくる感じも、消えはしない。消えないまま、戻り方だけが少しずつ早くなった。


 走り込みを終えたとき、息はまだ胸の奥で暴れていた。

 でも、昨日よりは戻るのが早い。


 玄関ホールの床は、足裏に少しだけ吸い付く。

 この感触が、いまは「普通」だ。


 影の端に、背もたれだけの椅子があった。


 そこにあるだけで、胸がゆるむ。

 椅子は椅子のまま、何もしない。


(……セナ。またいるな)


 声にはしない。

 それでも「いってらっしゃい」と言われたみたいで、篝は息をひとつ深く入れ直した。


 中庭に出る。

 剣を握ると、手の内がすぐ熱を思い出す。


 素振りは、数えると嫌になる。

 だから、呼吸だけ数える。吐いて、吸って。振って、戻す。

 刃先が空を切る音が、今日は少しだけ整って聞こえた。


 最後の一本を振り終えて、肩を落とした。

 落とした途端、腕の重さがまとめて戻ってきて、息が漏れた。


 そこへ、ミカが来た。足音は静かで、近づくまで気づけない。


「走り込みと、素振りは終わりましたか」


 篝は頷いた。

 返事は喉に引っかかる。頷いたほうが早い。


「では……行きましょう。今日は短く」


 篝は一度だけ、自分の手を見た。まだ握る形が残っている。


「剣は、置いてきてくださいね」


 言い方は柔らかいのに、線ははっきりしていた。

 篝は黙って、部屋へ戻る。


 壁に立てかけた柄が、いつもより遠い。

 握ってるときの重さも、空っぽの軽さも。どっちも最近、変に馴染んできていた。


 玄関ホールに戻ると、天井の高さが視界を空けた。

 黒い大理石の床が、足裏にまた少しだけ吸い付く。


 ミカが正面の扉の前に立ち、振り返った。


「周防さん。準備はいいですか」


 篝は頷いた。

 答えるより先に、喉が乾く。


 ミカの手元で金属が、かちり、と鳴る。

 取っ手が回り、扉がわずかに開いて――


 冷たく湿った空気が、細い線みたいに入り込む。土の匂い。

 外の通路の先に、黒い門の輪郭がまっすぐ見えた。


「短く」


 もう一度、ミカが言った。

 篝は靴の先だけを見る。


 黒い門をくぐった瞬間、足裏の吸い付きがぷつりと切れた。

 境目をまたいだ、という感覚だけが残る。


 音が減る。

 減ったぶん、耳の奥が勝手に探し回る。

 足元は石でも土でもない――そんな感触も、前ほど違和感がなくなりつつある。


(……なんで)


 腹が立つより先に、変な笑いが喉の奥で引っかかった。

 昨日より、足が出る。


 目は上げない。

 上げたら、そこにあると分かってしまう。


 それでも数歩で、視界の端に輪郭が刺さった。


 塔だ。


 空へ突き立てたみたいな形。

 胸の奥がひやりと冷える。喉が詰まって、息が細くなる。肩が勝手に上がる。


「見なくていいです」


 ミカの声が前から落ちてくる。


「足元だけ。ゆっくり」


 篝は息を吐く。吐かないと固まる。

 もう一度吐いて、足を置く。置いて、次を探す。


 塔は、見なくてもそこにある。

 見えないのに、視線を引っ張る。


(止まらない)


 そう思った瞬間、喉がきゅっと締まる。

 “思う”より先に、体が止まりたがる。


 篝は唇を噛んで、次の一歩を置いた。

 昨日よりは、呼吸が残っている。残っているぶんだけ、怖さが形になる。


 ミカが止まった。


「ここまでです」


 篝も止まった。


 声は出さない。

 篝は小さく頭を動かした。


「背中を向けますよ」

 ミカが言った。

 

 その一言で、胃がきゅっと縮む。

 背中を向けるのが、いちばん怖い。


 見えていても怖い。見えなくなったらもっと怖い。


 息を吐いてから、体の向きを変えた。

 塔が視界から外れる――外れたのに、まだそこにある。


 背中の皮膚がひりつく。

 昨日よりは、ひりつきが薄い。薄いからこそ、ちゃんと歩けてしまうのが嫌だ。


「足元」


 ミカが言う。

 篝は頷いた。今度は頷けた。


 戻りの一歩目は重い。

 でも足を置く。置いて、次を置く。吐いて、吸って。


 玄関ホールの灯りが見えたとき、篝はやっと息を吸い直せた。

 館の石の硬さが戻る。それだけで泣きそうになるのが、腹立たしい。


 黒い門を越えた途端、空気が“館のもの”に戻った。

 足裏に、あの吸い付きが帰ってくる。


 肩が、遅れて落ちる。


 影の端に、背もたれだけの椅子がある。

 さっきと同じ。ただそこにいるだけ。


(……ただいま)


 声にはしない。

 椅子は椅子のまま、何もしない。


 ミカが扉を閉め、掛け金が落ちる。

 その音で、篝はやっと「戻れた」と思った。勝ったとかじゃない。ただ、戻れた。


「だいぶ、慣れてきましたね」


 ミカが言った。


「反復が大事です」


 篝は「はい」と返した。

 返事ができる場所に戻ってきて、肩の力が抜けていた。


 ミカは一拍おいて、声を落とす。


「落ち着いて歩けるようになってきました。……ただ、慣れたからって、軽く見ていい場所ではありません」


 篝は頷いた。


 ミカは言い方を少しだけ柔らかくした。


「周防さん。明日から、訓練のあとに――外のお勉強をします」


 篝は聞き返したかった。

 でも、喉の奥がまだ固くて、言葉が出てこなかった。

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