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異物の魔女騎士 ―転生面接で神に拒否され、原初の魔女に拾われた少女―  作者: 畑野きび
第五章:外のこと。

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第20話 慣れて、馴れます

かわいい。こわい。まようなら、みじかく。

 聖堂の扉は、開け放されていた。


 廊下の薄い灯りが、床に長く落ちている。

 像のない奥は、灯りの届かないところでまだ沈んだままだった。


 篝が先に廊下へ出る。

 靴底が石を叩く音が、思ったよりはっきり響いた。


 篝は、そのまま少しだけ進んで立ち止まり、振り返った。


 ミカが扉に手をかけていた。

 布が擦れる音。重い板が動く気配。蝶番が小さく鳴る。

 扉の隙間が細くなって、聖堂の暗さが一筋に縮む。


 最後に、掛け金が乾いた音を落とした。


 ミカの指が、そこで止まる。

 篝はその手元だけを見て、前を向いた。


 歩き出す。

 廊下は細い。壁の灯りも細い線みたいに続いている。

 足元の石が、靴底にちゃんと硬い。


 篝は息を吸ってから言った。

 言い直すみたいに、わざと平らに。


「……外のこと、聞いてもいいですか」


 すぐ後ろから、ミカの声が返る。


「はい」


「館の外。……あそこって、毎回ああなんですか」


 喉の奥が、きゅっと締まる。

 思い出したくないのに、先に体が思い出す。


「行きは、塔です」


 その言葉が耳に入った瞬間、篝の足が止まりかけた。

 胸の奥が、ひやっとした。目を閉じても残る輪郭が、いまさら浮かぶ。


 すぐに聞き返せない。

 喉が詰まって、声が細くなるのが分かる。


 篝は息をひとつだけ入れて、ようやく言葉を出した。


「……塔、って……あの、塔ですか」


「ええ。……魔女様が置いたものです。『かわいい』だそうです。」


 篝の頭に、空へ刺さる輪郭が浮かびかけて、すぐ霧散した。

 かわいい、なんて言葉で片づくものじゃない。


「……じゃあ、帰りは?」


「毎回、違います」


 短い。

 その一言で、胸の奥がひやっとした。


 帰り道で出くわした“わけのわからないもの”が、勝手に浮かぶ。

 形がはっきりしない影。音だけで距離を詰めてくる気配。気づいたら同じ場所に戻されている感覚。

 どれも説明できないのに、全部ちがう。


 篝は唇を噛んだ。

 息が浅くなるのが分かる。


「帰りのほうが面倒になります」


「面倒……」


「遠回りさせられたり、戻されたり。……歪んだりもします」


 篝の肩が、勝手に上がった。

 息を吐いて落とす。落ちたぶんだけ、言葉が出る。


「じゃあ、どうしたら……。無事に帰ってこられるようになるんですか」


 “必ず通れるやり方”。

 それを、つい探してしまう。


 ミカは、はっきり言った。


「必勝法はありません」


 線を引かれた。

 篝は口を開きかけて、閉じる。


 代わりにミカは続けた。


「慣れるためにやることを、短く決めます」


「短く」


「外に出て、戻る。まずそれだけを、できるだけ短く」


 短く。

 繰り返す。作業みたいに。


「怖さは消えません。……でも、迷う時間を短くできます」


 迷う時間。

 帰り道で、わけのわからないものを前にしたときの、あの一拍――呼吸だけが浅くなって、何を見ればいいか分からなくなる瞬間。

 あそこに吸い込まれたら、また同じ場所を踏まされる。篝の体が、それを先に覚えている。


「……慣れるしかないってことですか」


 篝が言うと、ミカは小さく首を振った。


「慣れて、馴れます」


 言い方が妙に正確だった。

 気持ちじゃなく、身体の話みたいに聞こえる。


 篝はその言葉を飲み込みかけて――ポケットの奥に意識が引っ張られた。

 今日は、外のことを聞くつもりだった。だから、持ってきている。


 指先が布の上から形を探って、硬い縁に触れた瞬間。

 ひや、と冷たさが掌へ乗ってくる。


 篝は歩みを落として、白金貨を取り出した。

 灯りが縁を拾って、白い輪郭が一息だけ強くなる。


 ミカの気配が、そこで一拍止まった。

 背中に、視線が落ちる。篝の顔じゃない。手元――白金貨に。


「……館の外では、出さないでくださいね」


「うん。今日、外のことを聞きたくて……魔女が『お小遣い』って」


 篝は言いながら、自分の指を見る。

 冷たさが、指の腹に残っている。


 視線が外れないままで、篝は白金貨を握り込んだ。

 冷たさが、ぎゅっと濃くなる。


 そのままポケットの奥へ押し戻す。

 布越しに、まだ冷えだけが張りついてくる。


「……これがあったら、少しは――」


 言いかけて、止めた。

 少しは、何だ。外が“楽”になる? 向こうで何か買える? 自分でも決めきれない。


 ミカが息を吸う。


「……館の外の、灯りがあるほう。そこに興味があるんですか」


 館の外。

 灯りと、人の生活があるほう。


 興味はある。

 怖さもある。

 でも、最低限知りたい。


「……あります」


 篝は正直に言った。

 声が少しだけ小さくなる。


「怖いです。でも……分からないままは、もっと嫌で」


 ミカが一度だけ、肯く気配を返した。


「……了解しました」


 篝は、肩越しに一度だけ振り返った。

 ミカの目がもう一度だけ篝の手に落ちる。白金貨を押し戻したあとも、指が固いままの手だ。


「今日は、戻りましょう」


 篝は「はい」と言って、歩き出した。

 すぐ後ろでミカの足音が重なり、ふたつ分の音が同じ調子で石を叩く。

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