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異物の魔女騎士 ―転生面接で神に拒否され、原初の魔女に拾われた少女―  作者: 畑野きび
第三章:武具庫と孤高の処刑人

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第11話 武具庫と剣を教えられる人

 皿の上には、パンくずとソースの跡だけが残っていた。


 長いテーブルの片側で、周防篝すおうかがりは、スプーンを持ったまま、ぽつんと座っている。

 さっきまで山みたいに盛られていた昼食は、もうほとんど胃の中だった。


 外は、相変わらず夜だ。

 窓の向こうに広がるのは、深い紺色の空と、やけにくっきりした星の光。

 それでも、この館の中では「今は昼食のあとです」と言われれば、なんとなくそういう気分になる。


 お腹はしっかり満ちている。

 代わりに、頭の奥に、別のものがじわじわと浮かんできていた。


(……騎士って、走るだけじゃないよね)


 ここ数日、起きて、走らされて、ご飯を食べて、また走って、寝る。

 その繰り返しだ。


 走るのが仕事だと言われれば、それはそれで、なんとなく納得してしまいそうになる。

 けれど「騎士」という言葉から、ゲームやマンガで見てきたものを全部抜き取ることは、どうしてもできない。


 剣。

 盾。

 きらきらした鎧。


 そういうものを持たない騎士、というのが、篝にはまだうまく想像できなかった。


 向かい側の席では、ミカが食器を重ねている。

 その隣に、いつものように、魔女が座っていた。頬杖をついて、篝とミカをまとめて眺めている。


 喉の奥が、走ったときとは違う意味で、ひりひりした。

 篝は、スプーンの柄を指先で転がしながら、思い切って口を開く。


「あの……」


 二人の視線が、自然にこちらへ向いた。


「騎士って、走るだけじゃない……ですよね。

 その、剣とか、盾とか……そういうのも、ちゃんと、使うんですよね?」


 自分で言っていて、だんだん声が細くなる。

 もし「走っていれば十分ですよ」と笑われたらどうしよう――そんな不安が、半分。


 ミカは一瞬だけ瞬きをして、それから、いつものやわらかい笑みを浮かべた。


「武具でしたら、館の保管庫にございますよ。

 騎士の方々がお使いだったものが、たくさん」


 篝の胸が、きゅっと締めつけられる。

 やっぱり、あるんだ。剣と盾。


 どう返事をしていいか迷っていると、魔女が楽しげな声を挟んだ。


「剣と盾、取りに行く!」


 さらりと言われて、篝は思わず背筋を伸ばした。


「い、今から、ですか」


「今から、です」


 魔女は椅子から立ち上がり、軽くスカートの裾を払う。

 ミカも「そうですね……」と小さく息をつきながら、後に続いた。


 また走らされるよりは、たぶんマシだ。

 そう思おうとする気持ちと、ファンタジー武器への子どもっぽい憧れが、胸の中で半々に混ざる。


 篝は、少し遅れて椅子を引いた。


     ◇


 食堂を出て、石畳の廊下を歩く。


 さっきまで食事をしていたせいか、走ったあとの息苦しさは、もうほとんど残っていない。

 代わりに、足の裏に鈍い疲れがこびりついていて、歩くたびに「今日はもう走らないでほしい」と小さく訴えてくる。


 廊下の先には、見覚えのある角がある。

 いつも走らされているコースの途中で、篝が「ここはあまり近づきたくない」と無意識に避けていた場所だ。


 角を曲がると、例の扉が現れた。


 見た目だけなら、他の部屋とたいして変わらない。

 灰色の扉に、金属の取っ手。シンプルで、飾り気はない。


 ただ、近づくと、取っ手から冷気がにじみ出しているような気配がした。

 金属と油、それから、古い汗のような匂いが混ざり合って、鼻の奥にまとわりつく。


(ここだったんだ……)


 走っているとき、何度も横を通ったはずだ。

 そのたびに、理由もなく、自然と足が速くなっていた場所。


 魔女は、いつもの調子で扉の前に立った。


「中は少し、ごちゃごちゃしていますから。

 私たちから離れないようにしてくださいね、周防さん」


 そう言って、扉の前に立ち位置を整えた。


 篝も一歩、前へ出ようとした。

 その瞬間、足首を誰かにつままれたように、動きが止まる。


(……え?)


 しゃがんで確かめてみても、誰もいない。

 裾に何かが引っかかっているわけでもない。


 ただ、「これ以上先に行くのはやめたほうがいい」と、どこかからそっと引き止められたみたいな感覚だけが残っていた。


「周防さん?」


 振り返ったミカが、心配そうに首をかしげる。

 篝は慌てて顔を上げた。


「あ、いえ……何でもないです。ちゃんとついていきます」


 自分の足に向かって「大丈夫」と言い聞かせるみたいに、一歩を踏み出す。

 さっきの違和感は、走り込みの疲れが変なふうに残っているだけ――そう決めつけて、扉の前まで進んだ。


 魔女は一度、篝の足元に視線を落とし、何かおもしろいものでも見つけたように小さく笑った。

 それから、取っ手に手を掛け、そのまま押し下げる。


 扉がきしみを立てて開いた。

 冷たい空気が、ひやっと頬を撫でてきた。


     ◇


 中は、ひんやりしていた。


 外の廊下よりも、少し暗い。

 天井の近くに並んだ小さな明かりが、白くぼんやりと、部屋全体を照らしている。


 部屋、というより、大きな倉庫みたいだった。棚と棚のあいだから、暗い通路が奥のほうへずっと伸びている。

 学校の体育倉庫を、横につないで何個も並べたみたいな広さだ。


 篝は思わず息を呑んだ。


 ミカが、そっと篝の肩に手を置く。


「足元にお気をつけくださいね。あまり奥へは行かないように……危ないですから」


 鉄と革の匂い。

 それに混ざって、雨に濡れた体育倉庫みたいな、ほこりっぽい空気。


 壁際には、鎧が立っている。

 人ひとり分の形をした鉄の塊が、ずらっと並んで、こちらを見下ろしていた。


 槍や剣が、束ねられて立て掛けられている。

 棚には、盾や籠手、兜がぎっしり詰め込まれていた。


(……ゲームの武器屋と、学校の体育倉庫を混ぜたみたい)


 そんな場違いな例えが、頭に浮かぶ。


「これ!」


 魔女の声が、軽やかに響いた。


 彼女が指さした先には、ひときわ存在感のある鎧が立っていた。

黒に近い深い青の金属でできたフルプレート。

 肩には重そうな飾りがついていて、背中には、ところどころほつれた暗いマントが垂れている。


 目の部分は細い隙間になっていて、中が見えない。

 それなのに、じっとこちらを見下ろしているように思えた。


「騎士! これ!」


 魔女は、心から楽しそうに言う。


 似合う似合わないの前に、そもそも重さの問題がある。

 篝は笑うタイミングをつかみ損ねて、曖昧に口元を引きつらせた。


「えっと……これ、持ち上げられるんでしょうか」


「試す!」


 軽い調子で返されて、逃げ道がふわっと遠ざかる。


 とりあえず、近づいてみるだけ――そう自分に言い訳しながら、篝は鎧の前まで歩いていった。


 右手を伸ばして、籠手の部分にそっと触れる。


 瞬間、指先から肘にかけて、凍った針で刺されたような冷たさが走った。

 そのすぐあとを追うみたいに、内側から火を押しつけられたような熱が駆け上がる。


「っ……!」


 声にならない声が喉の奥でつまった。

 反射的に手を引く。足元がぐらりと揺れた気がして、一歩、後ろによろめいた。


 痛みは、触れるのをやめると、すっと引いていく。

 それでも、指の骨の奥に、細く残像だけが残った。


「うん?」


 魔女が目を細めた。


「早く、装備して」


(これ、どう考えてもダメなやつだ)


 心の中で、全力で突っ込む。

 息を整えながら、篝は自分の右手を胸の前でぎゅっと握りしめた。


「……あの、その鎧は」


 ミカが、静かに魔女の前に出た。

 声自体はいつもの調子なのに、どこかで空気の重さが変わる。


「周防さんには、今はまだ、重すぎるかと……」


「そう?」


「はい。最初は、もう少し軽いものからの方が、きっと」


 ふたりは、少し離れたところで顔を寄せ合った。

 何を話しているのか、篝には聞き取れない。

 けれど、ミカが真剣な目をして何かを訴え、魔女が「むぅ」と唸っているのだけは分かった。


 篝は、その間に、そっと自分の手のひらをさすった。

 さっきの痛みを思い出すと、指先の関節ひとつひとつまでが、まだ心もとない。


 やがて、魔女が「仕方ない」とでも言いたげな顔でこちらを振り返る。


「じゃあ、こっち」


 ミカが、ほっとしたように笑って、別の棚の方へ篝を誘導した。


     ◇


「こちらなど、いかがでしょう」


 ミカが取り出したのは、革の上着だった。


 金属の鎧ほどごつくはないが、普通のジャケットよりは厚手で、ところどころに金具が打ち込まれている。

 胸と背中の部分には、見た目には分からないが、何か固い板が仕込まれているらしい。


「腕を通してみてください」


 言われるままに、篝は袖に手を通した。


 ひやりとした感触が、肩から背中へ滑り落ちていく。

 さっきの鎧に触れたときのような痛みはない。

 代わりに、胸の前を留める金具を止めた瞬間、きゅっと抱きしめられたような圧迫感が走った。


(……息がしにくい)


 そう思ったのも束の間、体の中心が、わずかに支えられたようでもあった。

 ぐらつきかけていた棒を、後ろからそっと支えられた、みたいな。


 違和感と、安心感が、半分ずつ。


「きつすぎませんか?」


 ミカが、心配そうに問いかける。


「だ、大丈夫です。ちょっと変な感じですけど……着ていれば慣れそう、というか」


 自分でもよく分からない感想を口にすると、ミカはくすっと笑った。


「最初は、皆さん、そんなふうにおっしゃいます」


 次に渡されたのは、一本の剣だった。


 刃の長さは、篝の腕と同じくらい。

 柄の部分には、古い模様が刻まれている。金属は鈍い灰色で、ところどころに黒いしみのようなものが浮かんでいた。


 両手で受け取ると、思っていたよりも腕にずしりと来た。

 自然と刃先が下がって、肘から先だけでは支えきれず、肩まで重さがのしかかる。


 手首から肘にかけて、じわっと力が必要になる。

 さっきまでスプーンを持っていただけの指には、明らかに別世界の重さだ。


(おも……)


 思わず情けない声が喉の奥で漏れそうになったときだ。


 柄の内側から、ごく小さなささやきがしたような気がした。


(――そのまま)


 誰かの声。

 いや、そう思っただけかもしれない。


 驚いて握り直すと、重さのかかり方が、わずかに変わった。

 力を入れやすい角度に、そっと手首を導かれたようだった。


(……気のせい)


 篝は、自分にそう言い聞かせた。


 最後に、丸みのある小さな盾が渡される。

 腕に通して、革のベルトを締めると、ぴたりと肌に張りついた。


 外そうと軽く引っ張ってみても、必要以上にはぐらつかない。

 腕のほうが、盾に合わせてしまったみたいな感覚。


「うん、似合っていますよ」


 ミカが、満足そうにうなずいた。

 少し離れたところで見ていた魔女も、口元に手を当てて、楽しそうに目を細める。


「せっかくですし、構えてみましょうか」


「か、構えるって……」


 言われるままに、篝は、どこかで見たことのある「騎士っぽいポーズ」を頭の中から探し出す。


 右手の剣を前に出して、左腕の盾を少し上げる。

 足を前後に開いてみる。


 途端に、どこが正解なのか分からなくなった。


 剣を前に出した右腕は、数秒もしないうちにじわじわ震えはじめる。

 膝を曲げれば足がぷるぷるするし、伸ばせば腰が不安定になる。

 盾を上げれば左の肩が重く、下げれば「守れていない」気がする。


 自分の体重と、剣と盾と革の上着。

 全部を同時に支えるには、明らかに筋肉が足りていない。


 ちらりと視線を動かすと、棚の端に立て掛けてある古い鏡に、自分の姿が映っていた。

 耳のあたりで、短く切ったはずの髪が、思っていたより少しだけ伸びている。

 内側に隠した、色の抜けた毛束までは、鏡の角度からは見えない。


(……思っていたより、ずっと、頼りない)


 そんな感想が、正直に浮かぶ。


「えっと……」


 剣を下ろして、篝はおそるおそる口を開いた。


「これ、構え方とか、全然分からないんですけど。

 騎士の方って、どうしているんでしょうか?」


 情けない質問だと思いつつも、聞かずにはいられなかった。


 ミカは、困ったように笑う。


「剣を振ったことはないので、よく分かりません」


「あ……そう、ですよね」


 ミカが剣をぶんぶん振り回している姿は、どう頑張っても想像できない。


 そのとき、魔女が、嬉しそうに手を打った。


「剣と盾、使える人、知ってる」


「え?」


 篝とミカの声が、同時に重なる。


 ミカは、ほんのわずかに眉をひそめた。


「……そのような方、いらっしゃいましたでしょうか」


「リト、上手」


 魔女は、歌うような調子で名前を口にした。


「首、綺麗に飛ぶ、とっても上手」


 食堂で聞いたら、きっとスプーンを落としていた。

 ここが武具庫で、剣と盾と変な革の上着に気を取られていなければ、もっと分かりやすく悲鳴を上げていたかもしれない。


 今は、ただ、その言葉だけが耳の奥で反響した。


(……首、を)


 想像しようとすると、頭が勝手に別の方向へ逃げていく。

 重い剣、慣れない盾、締めつける上着。

 全部まとめて「現実感」が強すぎて、うまく怖がる余裕がない。


 ミカは、こめかみに手を当てた。


「魔女さま、その方をこちらに……?」


「騎士、剣使う。リト、先生」


 当たり前のことを言っている、という口ぶりだ。


 ミカは、一瞬だけ言葉を失い、それから、深く息を吐いた。


「……周防さんは、中庭でお待ちいただいたほうがよさそうですね。

 装備の調整も、そこで見ます」


「リト、連れてくる。待ってて」


 魔女は、上機嫌な足取りで扉の方へ向かう。

 その背中を見送りながら、篝は、自分の胸の鼓動がじわじわと速くなっていくのを感じていた。


     ◇


 武具庫を出ると、廊下の空気が少しだけ明るく感じられた。


 ミカは、篝の歩幅に合わせて横を歩く。

 時々ちらりと視線を寄こして、革の上着の締まり具合や、剣と盾の位置を確認してくる。


「重さは、大丈夫ですか」


「……走るよりは、マシです。今のところは」


 そう答えると、ミカはふっと笑った。


「走ってから剣を振るのは、もっと大変ですよ」


「脅さないでください」


 思わず返すと、自分でも驚くくらい、いつもの調子に近い声が出た。


 廊下を抜けると、中庭の石畳が広がっている。

 頭上には、さっき見たのと同じ、星だらけの夜空。


 ここで、何度も走らされた場所だ。


「周防さんは、こちらでお待ちください。

 お茶と、おやつも持ってきますね」


 ミカがそう告げる。


「……はい」


 篝はうなずいた。

 足元を見ると、ミカが訓練用に用意してくれた底の厚い靴が、剣と盾と革の上着のせいで、急に頼りなく見える。


(走るだけでもきついのに。

 今度は、剣と盾と、“首を落とすのが上手い人”まで増えるのか)


 考えれば考えるほど、不安のリストは延々と伸びていく。


 でも、そのすべてに、今向き合う余裕がない。


(……おやつくらいは、ちゃんと味わっておこう)


 それくらいの、ぼんやりした覚悟だけを胸に、篝は中庭の真ん中へ歩き出した。

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