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異物の魔女騎士 ―転生面接で神に拒否され、原初の魔女に拾われた少女―  作者: 畑野きび
第三章:武具庫と孤高の処刑人

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第10話 走る騎士と分からないこと

騎士。卵。叩く。

 自分の息の音と、足の裏から伝わる固さだけが、頭の中で妙にはっきりしている。

 周防篝すおうかがりは、館の中庭をぐるりと回る石畳を走っていた。


 頭上には空がある。けれど、青は見えない。

 一面の夜空で、やけにくっきりした星が瞬いている。


 走り出してから、何周目かは、数えるのをやめてしまった。

 最初のころみたいに、すぐ足が止まりそうになることは減ったけれど、楽になったとは言いがたい。

 喉の奥がじわじわと熱くて、肺が広がるたびに、冷たい空気が無理やり押し込まれてくるような感覚がする。


 中庭の角を曲がると、長い廊下が見えた。

 石畳から板張りに変わる境目で、ほんの少しだけ腰を落として、踏み切る。


 廊下に入ると、さっきまでより足音がよく響いた。壁に挟まれているせいか、息の荒さまで、やけに目立つ。


 左右には、ずらっと扉が並んでいる。

 どれも同じような形なのに、時々、見ただけで「入ったらまずいとしか思えない扉」がまぎれている。


 開けてみたいとは、今のところ思わない。

 ただでさえ毎日走らされているのに、わざわざ自分から問題を増やす趣味はない。


 足は前に出しながら、頭の中では、別のものがぐるぐるしはじめていた。


(……あっちでは、どうなってるんだろう)


 「地球」と口に出すのは、まだちょっと気恥ずかしい。

 だから篝は、心の中でだけ、ぼんやりとそう呼んでいる。


(ちゃんと、お葬式とか、あったのかな)


 遺影に使えそうな写真なんて、ろくに持っていない。

 クラスで配られた集合写真か、身分証の証明写真か。どっちにしろ、あまり見られたくない顔だ。


 そこまで想像して、息が大きく乱れた。

 単に苦しくなっただけなのか、胸のあたりが変なふうにざわついたせいなのか、自分でもよく分からない。


 前に、ミカに聞いたことがある。


『私、地球では……死んじゃってるんですよね』


 走っている今より、もう少し落ち着いた場所での会話だったはずだ。


 ミカは、いつも通りのやわらかい声で、一瞬だけ考える間を置いてから、答えた。


『……そこは、神様の範囲です。私は、“今ここで生きている周防さん”の面倒だけ見られます』


 ちゃんと答えているようで、何も教えてくれていない――あのときもそう思ったし、今、走りながら思い出しても変わらない。


(ここって、天国とか、そういうやつなんだろうか)


 きれいな白い世界、みたいなイメージとは、だいぶ離れている。

 毎日走らされて、汗だくになって、筋肉痛と仲良くしている天国なんて、聞いたことがない。


 だからといって、地獄って感じでもない。


 考えているあいだにも、足は止まってくれない。

 廊下の端が近づいてきて、また中庭の明かりが見えてくる。

 角を曲がる瞬間、板張りから石畳へと、足の裏の感触が変わる。


(騎士って、ずっと走ってるだけでいい仕事なんだろうか)


 自分で選んだはずの言葉が、頭の中で小さく首をかしげる。


 騎士といえば、剣とか、盾とか、そういうイメージだった。

 ゲームでもマンガでも、走るより前に、まず武器を持っていたような……


 でも、ここでの篝の「仕事」は、今のところ、走ることだけだ。


 高校のマラソン大会に駆り出されたときのことを思い出す。

 あのときは二千メートルで死ぬかと思ったけれど、それに比べたら、最近は少しだけマシになってきた……


(気がする、だけなんだけど)


 息は相変わらず苦しいし、足も重い。

 それでも、最初にここへ来た日のように、すぐにへたり込むことはなくなった。


 中庭の外周を回っていると、ふと、別の疑問が浮かぶ。


(なんで、言葉が通じるんだろう)


 ミカも、魔女も、ほかの人たちも、篝の耳には「日本語」に聞こえる。

 ちゃんと意味が分かって、返事もできる。


 前に一度、それもミカに聞いてみたことがあった。


『どうして、日本語が通じるんですか』


『塔があるから、ですよ』


 そのときも、やっぱりさらっと笑って、それだけ言っていた。


(塔があるから、って何?)


 電波塔とか、中継アンテナとか、そういう単語が頭をよぎる。

 けれど、ミカの口ぶりは、そういう機械の話とは少し違っていた。


 塔がどこにあるのかも、どんな形をしているのかも、篝はまだ知らない。

 ただ、「ここでは、こうして話が通じる」という事実だけが、当たり前みたいな顔で目の前にある。


 石畳を蹴る足に、だるさが溜まってきた。

 ふくらはぎのあたりがじんわり重くなって、膝の裏がきしむ。


(でも、まあ……)


 頭の中で、別の光景がひらく。


 長いテーブルの上に、皿がずらりと並んでいる。

 湯気の立つスープと、焼きたてのパンみたいなものと、名前の知らない煮込み料理。


 ミカが一枚一枚、皿を並べていくときの、あの嬉しそうな横顔。


『騎士の方々は、よく召し上がりますから』


 そう言って、ほんの少しだけ張り切った声になっていたのを、篝は覚えている。


 少なくとも、飢え死にだけはしなくてすみそうだ。


 息が大きく乱れた拍子に、胸のあたりで何かがちくりとした。

 魔女に「おまじない」と呼ばれた何かが、この体のどこかで仕事をしているのかもしれない。


 けれど、それがどういう仕組みなのかも、篝には分からない。


 分からないことだらけだ。

 自分が本当に死んだのかどうかも、

 ここが天国なのか地獄なのか、まったく別のどこかなのかも、

 塔とやらがどんなものなのかも、

 騎士という役目が、この先どう変わっていくのかも。


 ひとつずつちゃんと向き合うには、今はまだ、息が苦しすぎる。


 中庭の端に立つ、背の高い植え込みの列が見えてきた。

 そこを回り込めば、今日、走るのをやめていい目印の場所だ。


 喉の奥で、熱い空気が渦を巻く。

 足は鉛を詰められたみたいに重いのに、それでも前へと出す。


(とりあえず、今日のところは――)


 走って、息を切らして、

 あとでちゃんとご飯を食べる。


 今、はっきり分かっているのは、そのくらいだ。


 ――だから、今は足を止めない。

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