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翌日。
響は大学近くの古い書店に立ち寄っていた。
昨夜からの不安を振り払うように、気分転換のつもりだった。
考え事をしているとき、古本から香るあの独特の匂いが響を落ち着かせる。
棚の間を歩いていると、妙に静かすぎる気がした。
奥の参考書コーナー。
一人の学生が立っている。
受験参考書を抱え、視線がやけに泳いでいた。
(……落ち着きがないな)
響がそう思った瞬間、足が止まった。
その直後。
学生の手が震え、参考書のページの間に何かを隠す動きが見えた。
すぐに、外套の内側へ滑り込ませる。
胸元に、ひやりとした感覚。
吸われるような違和感。
(何だ、これ……?)
次の瞬間、万引きだと理解した途端、それが微かな熱へと変わった。
「……?」
鼓動が、わずかに乱れる。
空気が、重くなる。
学生が唇を噛みしめた。
顔色が悪い。
目の下にはクマが浮かび、指先が微かに震えている。
「……っ」
「おい、大丈夫か――」
そう響が声をかけようとした、次の瞬間、学生の肩が大きく跳ねた。
問題集を押し込もうとした手が止まり、
顔を歪め、呻くようにその場にしゃがみ込む。
「う……っ、なん、だ……」
周囲の客が怪訝そうに振り向く。
だが響には、別のものが見えていた。
紫色のもやのようなものが、学生の足元からふっと浮かび上がる。糸のように細く、足にまとわりつきながら揺れている。
煙ではない。
影でもない。
言葉にできない“重さ”だけを持った何か。
それが――
すっと、響の胸元へ引き寄せられていく。
「……!」
ネックレスが、確かに温度を増した。
一瞬。
鼓動が、二重になった気がした。
次の瞬間――
紫色のもやは、ネックレスに吸い込まれるように、跡形もなく消えた。
あの紫色のもや——まるで、あの学生の"悪意"か"衝動"が形になったような……
いや、まさか。
響は無意識にネックレスを握る。
学生は、膝から崩れ落ちるように床に座り込み、
荒い呼吸のまま、鞄から問題集を取り出した。
「……や、やめよう……」
小さく呟き、学生は隠した本を取り出し、棚に戻した。
肩で息をし、ふらつくようにレジへ向かう。
その背を見送った瞬間——
すとん、と熱が消えた。
後に残ったのは、理由の分からない疲労感と、妙な胸騒ぎ。
(……今の、何だ?)
石は、ただ沈黙している。
何事もなかったかのように。
レジの店主が、ちらりと響を見た。
「……今の子、大丈夫でした?」
「え?」
「顔色、真っ青でしたから」
あの学生に“紫色のもや”みたいな物が纏わりついていた、なんて。響は答えられなかった。
帰り道、響は何度もネックレスに触れた。
あの「もや」。
学生の万引き衝動。
そして、それを吸い込んだかのようなネックレスの反応。
(……もしかして、このネックレスは……)
答えは出ない。
だが、確信だけが、ゆっくりと形を成し始めていた。
その夜、スマホに瑠璃からのメッセージが届く。




