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悪喰〜消された文書と相続事件〜  作者: 古林 秋一


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3

市章を彩色した古い飾り窓から、朝陽が斜めに差していた。

淡い窓ガラスは、陽光の暖かさよりも古さの演出をし、

まるでこの場所だけ時代から切り離されているような静かな美しさを放っている。


役所の閲覧コーナーは無機質で、

白い蛍光灯が年季の入った木造家屋を照らし、「時が停まったふり」をしているかのようだった。


窓口で書類申請をし、登記簿の閲覧申請を済ませると、

職員に案内され、クリアケースに入れられ、今にも風化してしまうかのような紙束が差し出された。


登記簿謄本(とうきぼとうほん)


嘉神かがみの姓は確かに刻まれていた。

だが、名前の下に並ぶはずのない一行があった。


  所有者変更履歴 

  昭和二十五年九月十日 

  嘉神 澄乃(かがみ すみの) → 野上 鐵雄(のがみ てつお)


響の指が、紙面の上で止まる。


(野上 鐵雄……?)

記憶の引き出しを漁っても該当しない名前だった。


しかも、変更内容は「売買契約による合意」とある。

既に亡くなっているはずの澄乃の名義で記録が残されている。

本来なら相続手続きが済んでいるのだから、

名義は自分こと嘉神響になっている筈だ。

だがこの登記簿には、死後も澄乃の名義のまま更新された形跡がないまま残されていた。


朱肉の濃さ、文字の不自然な硬さ、経年劣化によるムラのなさといい、

澄乃が生前に書いた筆跡とは明らかに違う。

やはり、昨日の書類との共通点が多すぎる。

その前後の経緯は別紙参照と記載があるが、

該当の参照番号は、黒で塗りつぶされていた。

響は次へ、次へとページをめくっていく。


背筋を、冷えた鉛のような違和感がなぞっていく。


掲げるように謄本(とうほん)を光にかざす。

印字は確かに古びて見せているのに、

文字のエッジが妙に鮮明すぎる。

最新のプリンターで古さだけを再現したような均一さ。


「時間の経過だけ」を装う意図だけが透けて浮かんでいた。


呼吸が浅くなる。


思考は止まらない。

むしろ加速していく。


(高濃度の朱肉、均一な劣化……そこに黒塗りされた参照番号と証言者の署名覧。)


偽造は書類だけではない。

もしかすると履歴そのもの──嘉神家の歴史さえも

誰かの手で作り直されている……?


書類の表の縁がめくれ、指にざらりと引っかかった。

劣化ではない。

(表面だけを古く装っている。)


ふっ、響は思わず笑った。


乾いた、嘲るような笑いではない。

事実の残酷さを受け止めるための、

言い逃れのできない笑いだった。


(俺は今、第三者が仕立てた過去を調べている)

響は視線を伏せ、

受付で再び窓口担当者に声をかけた。


「この変更の別紙、現物ってまだ存在しますか?」


担当者は困ったような顔をしながら、

小さく息を吐いた。


「申し訳ありません、もう現存していないんですよ。

該当年の紙データは戦後復興の火災で消失しています。

代わりと言っては何ですが、移譲履歴の“再現写し”のみが現存していますが、ご覧になられますか?」


「再現写し……?原本は存在しないって事ですか?」


響の声が、自分でも驚くほど低く響いた。


「当時、戦後間もない頃ですと土地権利の争いが非常に多く、

行政が第三者証言を元に復元した書類です。」


(証言で復元された権利書類)


「では、そちらもお願いします。」

数分待って出された復元書類を確認する。

昨日見つけた書類と合わせると、不自然に合致している部分が明らかに多い。


(…復元書類が偽造されているとなると、コレをどう証明するかにかかってくるな。)


今立ち塞がっている壁は、人の悪意と制度の盲点から立ち上がっていた。


響の喉の奥で新たな問いが濁流のように渦巻く。

家の過去。黒塗りされた参照。戻った所有権。存在しない親族。戦後の火災。証言の復元。


一つとして繋がっていないのに、

これらは確かに“同じ方向を指している“。


  ——「何者かがこの家を、何度も手に入れようと企んでいた。」


謎はまだ、確定はしていない。

だが物語の歯車は、

今、確かに噛み合った。


(ここまでくると、ばあさんの事故死も“不運”じゃない可能性があるのかもしれないな…)


響は謄本とうほんを丁寧に封筒へ戻し、

スマホ画面を開いた。

先ほど、念のために撮っておいた証拠写真のみをフォルダに残す。


(これは、不用意に人に見せて良いものではないな。)


迷宮は蔵ではなく現実にあった。

次に踏み込むのは、

行政でも過去でもない。


詐欺と殺人の入口だ。


中古のミニクーパーのエンジンが一度だけ低く鳴いた。

その振動は、まだ温度の残るネックレスの震えと奇妙に同期していた。


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