第二章 1.記憶の残響
依頼 ―「忘れられない声」
夜。零課の執務室。
桜が報告書をまとめている。慧はホワイトボードに数式を書く。
桜
「依頼内容は――“死んだ恋人の声が、何をしても消えない”か。」
慧
「録音データか?」
桜
「いや。どの端末でも再生される。テレビでも、スマホでも。
しかも、その“声”は本人を恨んでるわけでも、助けを求めてるわけでもない。」
慧
「じゃあ、何を言う?」
桜
「“お願い、忘れて”――だとさ。」
(沈黙)
慧
「……いいね。興味深い亡霊だ。」
現場 ― “記憶の残響”
二人は依頼人のマンションへ。
部屋には写真や手紙、思い出の品が整然と並べられている。
空気は冷たく、埃ひとつない。
依頼人・**遠野(女性)**が怯えた声で語る。
遠野
「彼が死んで、半年になります。
でも、どんなに思い出を捨てても、声だけが残るんです。
“忘れて”って……私、どうすればいいんですか?」
慧は静かに録音機を置き、耳を傾ける。
次の瞬間、再生ボタンも押していないのに――声が流れた。
「……遠野。そろそろ、忘れて。」
桜が息を呑む。
桜
「自分が消えたいって、幽霊の方が言ってる……」
慧が低く呟く。
慧
「“観測される”ことで、存在が続く。
つまりこの幽霊は、君が“思い出すたびに”蘇る。」
慧の解析 ― “思い出の構文”
零課ラボ。慧が録音波形を解析。
波形は通常の音声ではなく、脳波パターンの干渉構造を示していた。
慧
「これは……記憶を媒体にした量子干渉だ。
“思い出す”という行為そのものが、存在の再生行為になってる。」
桜
「つまり、遠野さんが忘れられない限り、幽霊は消えないってこと?」
慧
「逆だ。忘れようとするほど、記憶は強くなる。」
桜、静かに眉を寄せる。
桜
「……じゃあ、どうすればいいの?」
慧が目を細めて笑う。
慧
「“思い出を、完全に終わらせる”構文を作る。」
残響の声
夜。慧は単独で再解析を試みる。
イヤホンから、かすかに男の声が流れる。
「……君も、誰かに記憶されてるんだね。」
慧の手が止まる。
慧
「君は、記憶されることを苦しんでいるのか?」
「ええ。
生きていた頃は、忘れられるのが怖かった。
でも今は……
思い出されるたび、痛いんです。
どうか、思い出を終わらせてください。」
慧、静かに目を閉じる。
慧
「……了解した。“忘却”の構文、書いてやる。」
イヤホン越しの声が、かすかに微笑む。
「ありがとう」