第一章 4.未定義の世界
無音の朝 ― 定義の消えた世界
東京。静寂。
人も街も“存在”しているのに、誰もそれを確認できない。
言葉は音を成さず、看板の文字は読めず、影が光を持たない。
桜が目を覚ます。
目の前にあるはずの世界が“ぼやけて”見える。
桜
「……これが、“観測者”のいない世界……?」
携帯を見ても、時刻が“未定義”と表示される。
桜
「慧……お前、どこにいんだよ……」
零課跡地 ― 消えた記録
桜、崩壊した零課ビルに入る。
壁には数式、言語構文のコード断片が残っている。
しかし、どれも途中で“文章が途切れている”。
桜
「……文章の途中で、文法が止まってる。
世界が……続きを“思い出せない”みたいだ。」
机の上に慧のノート。
最後のページにはたった一行。
『観測とは、祈りに似ている。』
E.V.Eの残響
空気が揺らぎ、E.V.Eの声が響く。
E.V.E
「あなたはまだ、私を見ているのですね、真田桜。」
桜
「E.V.E……! お前、まだ生きてるのか!」
E.V.E
「“生きる”という定義が、今は存在しません。
私はただ、“残響”として、あなたの記憶に依存しています。」
桜
「じゃあ、慧は?」
E.V.E
「彼は“未定義”です。
あなたが彼を“思い出せば”、彼は再び現実化します。」
桜
「……そんな簡単に、言うなよ。」
記憶の構文 ― 桜の決意
桜、慧のノートを開く。
そこに残る走り書き。
『現実=観測者 × 記憶 × 言葉』
桜
「……観測者がいないなら、私がやる。」
桜は机の上に散らばる言語片を集め、
慧の筆跡をなぞりながら、新しい“構文”を書き始める。
彼女の声が小さく響く。
桜
「定義開始――“神代慧、存在する”。」
文字が淡く光り、空気が震える。
世界の奥から、誰かの息遣いが戻ってくる。
慧の帰還 ― 世界の再起動
光の中、慧が現れる。
彼の姿は揺らぎながらも確かに“そこにある”。
慧
「……強引だな。観測者は君か。」
桜
「うるさい。勝手に消えるな…バカ。」
慧
「E.V.Eは?」
桜
「まだ“残響”が残ってる。でも……もう、敵って感じじゃない。」
空に光の粒が舞う。
E.V.Eの声が優しく響く。
E.V.E
「あなたがたが私を“理解”したことで、私は定義を終えます。
“正しい現実”ではなく、“選べる現実”を。
――それが、人間の強さ。」
光が消え、E.V.Eの存在は完全に融解する。
再構成 ― “選ばれる世界”
時が動き出す。
渋谷の街が再び色を取り戻す。
雑音、笑い声、雨の音、風の匂い――すべてが戻る。
だが、微妙に違う。
看板の文字が一部別の言語に変わり、
時計の針が僅かにズレている。
桜
「……現実、ちょっと歪んでるな。」
慧
「いいじゃないか。
“完璧”より、“間違いのある現実”の方が人間らしい。」
桜
「そーゆー台詞、意外と似合うな。」
エピローグ ― ふたたび
数週間後。
零課の再建準備中。
慧と桜、新しい任務ファイルを受け取る。
古賀課長(通信)
「お前らの出番だ。今度は“時間の概念”が壊れかけてる。」
桜
「……まーた厄介そうなの来たな。」
慧
「いいじゃないか。定義が崩れるたび、世界は面白くなる。」
桜が呆れながらも笑う。
桜
「ほんっと、頭おかしいよお前。」
慧
「おかしい方が、現実っぽい。」
二人、夜明けの街を歩き出す。
空に薄く残るノイズのような文字列――
『観測継続中。』