今の私は悪の帝王、煉久紫アーカーシャ様よ!!!
聖霊――それは、人間とは異なる存在。
彼らはこの世界を静かに見守りながら、侵略者に対抗する力を持つ者を選び出し、「魔法少女」として覚醒させる。
魔法少女は彼らから力を授かり、武器を与えられ、最新の技術を駆使して戦う。
かつて、私――夜城灯もその一人だった。
才能を見込まれ、魔法少女として選ばれた私は、瞬く間にその力を使いこなし戦場を支配した。
だが、単なる戦士に収まるつもりはなかった。
私の天才的な頭脳をもってすれば、「与えられた技術を活用する」だけでなく、「応用して新しいものを作り出す」ことも可能だったのだ。
その一例が、私が今立っているこの空間――かつて、これは「魔法少女専用のプライベート空間」だった。
戦いの合間に休息を取るための、いわば秘密基地のようなもの。
異空間に展開されたこのスペースは、元々は数畳程度の個室だった。
――が、それは普通の魔法少女にとっての話。
私が使うなら、こんな小さな部屋で満足できるわけがない。
与えられたものを、そのまま使うなんて凡人のすること。
私には、もっと大きな空間が必要だった。
だから私は考えた。
この技術は、異空間を展開するもの。
ならば、拡張できないはずがない。
設計を解析し、システムを研究し、強化を繰り返し――魔法少女としての戦いの合間に、私はひたすらこの空間の改良を進めた。
その努力の結果――異空間の拡張に成功した。
最初はほんの数畳だった空間が、徐々に広がっていく。
壁の概念を調整し、エネルギーの供給方法を最適化し、魔力の流れを効率的にコントロールする。
やがて、部屋はリビングほどの大きさになり、さらに会議室ほどに拡張され――気づけば、大型ショッピングモール並の広さになっていた。
私は満足げに腕を組み、改めてこの異空間を見渡した。
天井は高く、白く光る柱が整然と並ぶ。
エネルギー供給の仕組みを調整したことで、壁や床は完全に安定している。
照明、空調、さらには各種設備まで完備されており、居住空間としても申し分ない。
巨大なモニターが壁一面に配置され、情報収集や戦略会議にも使えるようになっている。
食堂、訓練施設、会議室、さらには娯楽スペースまで設置。
魔法少女時代に得た「異空間生成技術」が、ここまで進化するとは。
「とりあえず、アジトはこんなものでいいかしらね」
私は軽く息をつきながら、改めて空間を見渡した。
……うん、これはもう、ただのアジトじゃないわね。
ほぼ、異空間都市。
まぁ、細かいところは今後調整するとして。
まずは、ここを「悪の組織の本拠地」として運用するところから始めましょうか。
天才たる私の手で、「聖霊の技術を悪用」して、最高の拠点が完成したのだから――!!!
計画は完璧。
あとは実行あるのみ。
まずは、潜伏している侵略者たちに、「お願いの手紙(なお内容はほぼ脅迫状)」を送りつけた。
内容はシンプル。
「この手紙を受け取った君たちへ! 私、煉久紫アーカーシャが、君たちにとってすごく素敵な提案を用意しました!」
「ついては、異空間のこの座標まで来てほしいの! もし来なかったら、君たちが侵略者だって全世界にバラしちゃうね!!!」
「それでは、当日お待ちしております!!!」
にっこり笑顔の自撮り写真付き。
……これで来なかったら、ある意味すごいと思う。
案の定、侵略者たちは集合した。
指定された座標に向かうと、そこには妙な空間の歪みがポツンと浮かんでいた。
「……なんだこれ」
侵略者の一人ゼーベインが眉をひそめる。
「いや、行けってことだろ……行くしかねぇんじゃねぇの?」
隣の戦闘員は肩をすくめる。
どう見ても怪しい。
だが、どうせ自分たちは詰んでいる身だ。行くしかない。
おそるおそるゲートをくぐる。
目の前に広がったのは、謎の大空間だった。
「……おい、なんだここ」
見上げると、異様に高い天井。
床はまるで鏡のように黒く光り、整然と並んだ漆黒の柱が空間を仕切っている。
地下の要塞とも、近未来の秘密基地とも取れる不思議なデザイン。
だが、何より圧巻だったのは、その中央。
玉座が鎮座していた。
「……え?」
その玉座には、一人の少女が堂々と腰をかけていた。
――いや、ただの少女ではない。
黒と赤を基調にしたロングコート。
襟を立て、肩を怒らせ、胸を張り……片手にはワイングラス(ジュース)。
グラスを軽く揺らし、優雅に飲み干している。
「よく来たわね、敗残者ども――!!!」
誇らしげに高笑いするその姿。
「…………は?」
侵略者一同の声がそろった。
「お、おい、待てよ……」
ゼーベインがなんか戸惑った声出してた。なに? 褒める前のため息?
「な、なんで、あの女が……?」
……あの女?
「いや、だって、アレ……夜城灯だろ?」
おっ、やっと気づいた!? そうよ、元・伝説の魔法少女、夜城灯よ!!!
でも今は違う――今の私は!!
「待たせたわね、落ちこぼれの侵略者たち!」
私は椅子から優雅に立ち上がり、ぶどうジュースの入ったグラスを高らかに掲げる。
(中身はワインじゃないわ、学校あるし)
さあ、来なさい称賛!!!
……え? なんかシーンとしてない??
「……いや、待て待て待て!!!」
ゼーベインがついに爆発した。え、なに、私のカリスマにビビった? 違う??
「お前、夜城灯だろ!? なんでお前がそんな悪役みたいな格好してるんだよ!?」
「今の私は悪の帝王、煉久紫アーカーシャ様よ!!!」
……堂々と言ったのに、なんであんな顔してるの?
え、笑ってる? いや、笑うとこじゃないから!?!?
「いや、それ以前に」
今度はイングリットがすごい勢いでツッコんできた。
「この“悪の組織本拠地(仮)”って何よ!?」
……それはまぁ、仮で決めただけよ。ええ、仮よ仮。
「あと、看板手描きだったぞ!!」
「ちょっと待って、あのロングコート、どう見ても自作じゃない?」
「おい、あのワイン、めっちゃブドウジュースの匂いするんだけど」
「つーか、そもそもお前、なんでそんなにドヤ顔なの?」
「……はぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
私はグラスを机にガンッと置いた。中身のぶどうジュースがちょっと跳ねたけど気にしない。
いや、今それどころじゃないのよ!!!
「いい? 私は今、悪の組織のボスとしての威厳を見せてるの!! カリスマ!! 威圧感!! 荘厳な雰囲気!!」
なのに!
「見せてるっていうか、全力でコントにしか見えないんだけど」って誰よ!?
イングリット!? お前か!? お前だな!!!
「黙りなさい!!!!」
私はビシッと指を差して叫ぶ。完璧に“悪の女王”モード。威厳マシマシで仕上げたはずなのに!!
「いや、無理でしょ」
「ていうか、本当に何がしたいのか分からん」
え、ええ!? そこまで言う!?!?
なんなの!? 私、今この空間で一番頑張ってる悪役でしょ!?
「……まぁ、あれだ」
と、ゼーベインが腕を組んでブツブツ言い始めた。なんか嫌な予感する。
「俺たちが"こいつの配下になる未来"だけは、なんとしても避けなきゃならねぇな……」
「マジで勘弁してくれ……」
「私も嫌だわ……」
……は?
いや、ちょっと待って。
私、せっかく超頑張ってアジト作って、組織再建して、衣装も考えて、演出も完璧にしたのに!?
なんでみんなそんな顔してるの!?!?
めちゃくちゃ「地雷を踏んだ人を見る顔」してるんだけど!?!???
ねぇ、誰か褒めてよ!!!
称賛されたいって言ってるじゃない!!!!
「みじめじゃないの?」
プラン変更!
私はゆっくりと立ち上がって、やつら――元・侵略者たちを見下ろす。
ああ、久しぶりのこの視点。高いところから見下ろすって、ほんと気持ちいいわね!
でも、私は笑ってなかった。いや、違う、笑顔ではいたけど全然笑ってなかった。
そのくらい、腹が立ってたのよ。
「あんたたちさぁ……プライドとか、もうないわけ?」
「……は?」
ゼーベインが顔をしかめるけど、それに構わず私は続ける。
「かつては世界を震撼させた“誇り高き侵略者”が!!! 今じゃただの一般市民のフリして、のほほんと暮らしてるだけ!?!? スーパーの特売でテンション上げて、犬にビビって道を譲る侵略者??? ……あっははは!!! 何それ、ちょっと冗談みたい!!! そんなことで満足してるなんて、私、心の底から驚いたわ!!!」
そう、これは煽りでもなんでもない。
ただの――事実。
彼らは確かに負けた。私たち――魔法少女に、ね。
でもさ、そこから何もしないでうずくまって、尻尾巻いて生きるだけ?
それ、どうなのよ。
こっちはね、あんたたちを“もう一度使ってあげよう”って、わざわざアジト作って、名前まで考えてあげて(←ここ重要)、演出もバッチリ整えたのに!
その反応が「なんでお前がボスなんだよ」??
「看板が手書きだった」???
あーもう、アホかお前ら! 私が手書きで書いたんだから逆にプレミアだろ!
いい?
私、煉久紫アーカーシャ様は――「ちやほやされたい」その一心で、あんたたちをもう一度戦わせてやろうって言ってんのよ!?!??!
少しは感謝しなさい!!!
侵略者たちの表情が、見るからに険しくなっていった。
――ふふん、効いてる効いてる。
だって私、事実しか言ってないもの!
あんたたちは確かに負けた。
そこはいい。戦いに勝ち負けはつきものよ。うん、わかる。悔しいよね。泣いていいよ?
でもさ――「負けた後、どう生きるか」ってとこ、なんにも考えてなかったでしょ?
今やただの“隠れ市民”。
世を忍び、人の目を避けて、地味~に暮らしてるだけ。
スーパーの半額シール見て喜ぶ程度の存在になってんのよ?
なにそれ、マジで。
で、そんな自分たちの姿を――この私、かつてのヒーロー様に笑われたわけよ。
そりゃ、悔しいわよねぇ? ねぇ???
「おい、テメェ……」
低く唸ったのはゼーベイン。あら、まだ言い返す元気あったのね?
「そういうテメェはどうなんだ? “元魔法少女”って肩書きにすがって、ちやほやされて満足してるんじゃねぇのか?」
「は? 私が?」
私は鼻で笑ってやったわよ。どこの誰にそんな薄っぺらい妄想吹き込まれたの?
「“満足してる”? いやいや、全ッッ然足りてないわよ?」
「……は?」
いい? ここでちゃんと説明するから聞きなさいよ?
「だって、ちやほやされるのが足りないから――」
私はバァン!と胸を張って、堂々と宣言してやった。
「こうして、私が新・悪の組織――エターナル・カオス・システムを立ち上げに来てるんじゃない!!!!!」
……沈黙。
みんな揃ってフリーズ。よし、インパクト抜群。完璧なセリフ回し!
「…………はぁ!?」
おい誰だ今叫んだの。いや、全員か!!!
ちょっと、いい感じにクールな空気出してたのに!!!!
「バカじゃねえの!?」
「ちょっと待て、そもそも何言ってんだお前!?」
「結局それ“自作自演”じゃねぇか!!!」
はいはい、全部想定内のリアクションよ。
「でも、“ヒーロー”が活躍するには“悪役”が必要でしょ!?」
私はビシッと指を突き立てて力説する。
「なら、悪役は“私がコントロールできるやつら”がいいじゃない!!」
「なんて都合のいい……!」
ああうるさいうるさい!
ヒーローが称賛されるには“舞台”が必要なの!!それを私は構築してるの!!!
つまり私は「全人類に感謝されるべき」ってことよね!?!?!?!
「……はは、バカバカしい」
ゼーベインが呆れ顔で笑った。
わかってる、わかってるわよ。自分でも突拍子ない提案だってことは!
「なら、こんな話に乗る奴なんかいねぇよ」
――よし、ここからが本番。
私はにっこり笑って、一歩前に出る。
顔の角度、声のトーン、完全に“悪のカリスマ”モード。演出は完璧よ。
「……そう? じゃあ、"利用する"ってのはどう?」
「……利用?」
引っかかったわね! ゼーベイン、あなたってほんと素直!
「そうよ。私が率いる“悪の組織”として活動して、思いっきり強くなりなさい」
「お前を倒すために?」
「そうよ。そして、もし私を超えられたら――」
私はふふんと笑って、ゆっくりと口角を吊り上げる。
完璧な“黒幕スマイル”で決め台詞。
「その時こそ、“本物の悪”として、世界を蹂躙すればいいわ」
……どうよ、この完璧な流れ!
我ながら天才的なプロット運びじゃない!?!?!?
――その瞬間、空気がピリッと張り詰めたのがわかった。
私のこのムチャクチャでご都合主義で支離滅裂な提案が――奴らの心を確実に揺らがせてる。
そう。再び“かつての自分たち”として立ち上がるチャンス。
そして最後には私を叩き潰して、世界を征服する。
……あー、やっぱり敵役って最高じゃない!?
「……ははっ」
その時、ゼーベインが笑った。
「……あっはははははは!!!!」
完全に吹っ切れてる笑い方ね。うんうん、悪役っぽくてイイ!
「いいだろう!! お前をぶっ潰すために、利用させてもらうぜ!!!」
その言葉を聞いた瞬間、私はバッとコートを翻した。
「そうこなくっちゃ♡」
悪役のくせにノリノリな私、煉久紫アーカーシャ様――ここに誕生よ!!!