天才って、ほんと罪よね! 存在してるだけでみんなが喜ぶんだもん!
再潜入。
私は聖霊界の研究施設――例のクリーンで整然とした、優秀なオーラが空気にまで染み込んでいる場所――のど真ん中で、最新の試作品を手に取っていた。
「なるほどね~、こういうエネルギー循環になってるのね?」
にっこり、完璧な笑顔で。
でも、心の中は――、
(なにこれ初見殺し!?!?!?!?!?)
だってこれ、どこからどう見ても「魔法武器」じゃないのよ!?
私が知ってる武器たち、もっとこう、分かりやすいパーツで構成されてたのに!?
でも、大丈夫。
私は一人じゃない。
耳元のインカムからは、いつものようにクルツの冷静な声が響いていた。
《ボス、そこの魔力制御機構、エネルギーが二重構造になってるみたいですね》
「ふむふむ、二重構造なのね」
何がどう二重なのかは一ミリも分からないけど、うんうんと頷きながらプロっぽい動作で触ってみる。
表情はあくまで知的に。知的風に。知的っぽく。
《となると、おそらく従来の魔力伝達とは違う独自のチャネルがあるはずですが……それはどうなってるんでしょうか?》
「なるほど、独自のチャネルね……で、それは?」
……待って?
(チャネルって何????????????)
内心で盛大にパニック。
チャネルって何!? エネルギーのパイプみたいなやつ!?!?!?
いや、もしかして魔法の流れ道みたいな……ううん、どうしよう、全然分かんない!!!!
でも顔には出さない。天才だから!!
まったくもう、驚くほど順調よね!!!
何がって、聖霊界の技術者たちが、こちらの質問にあっさり答えてくれるのよ!!!
「なるほどね~。この部分で魔力フィールドが~ってことかしら?」
……と、それっぽく言ってみると。
「ああ、それならここを見てくれ。このコアの周辺で独立した魔力フィールドを形成して、他の干渉を防いでるんだ」
「へぇ~、なるほどなるほど!!!」
口角をキュッと上げて、首をブンブン振って、すっごくわかった風なリアクションをしてあげる私。
でも心の中では――。
(何のことだかさっぱり分からない!!!!)
そもそも、「魔力フィールドがどうこう」って、それもう理屈じゃなくて呪文の詠唱レベルの話なのでは!?
何が独立? 何が干渉しない? 私が干渉されたわよ!? 私の思考に!!!
だが。
ここで最も恐ろしいのは、インカムの向こうのクルツである。
《なるほど、それは興味深いですね。フィールドの干渉が起きないようにするためには、どんなエネルギー調整が必要になるんですか?》
「ええ、それすごく気になるわね! どうなの?」
満面の笑顔でそう言いながら、内心は叫びまくりである。
(いや、ちょっと待ってクルツ!?!?!?!?!? 何その大学院の講義みたいな質問!?!?!? “ボス”って肩書きで私の理解力がレベル200くらいだと思ってるでしょ!?)
ああもう……頼むから、「もうちょっと簡単な質問」にしてくれないかな!?
私が答えられそうな、なんか……こう……「その武器、何色ですか?」くらいのやつ!!!
でも、聖霊界の技術者はニコニコしながら答えてくれるのよ。
「そこはね、エネルギー波形を同期させて魔力密度を均一に保つことで――」
(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!)
誰かー!! 早く同時通訳つけてー!!!
しかし。
私は笑顔を崩さない。
なぜなら――私は天才・煉久紫アーカーシャだから!!!
例え脳内が完全にフリーズしてても、顔面だけは全力で理解したふりをする。
この技術こそが、ECSの誇る最新兵器よりも遥かに高度な“対話用魔法スキル”である!!!!
「いやあ、君の理解力には驚かされるよ。普通はここまで深く突っ込まれないんだけどね」
聖霊界の技術者が、感心しきった顔でそう言ってきた。
私はドヤ顔でふんぞり返る。
「ふふん、まあね!!!」
(実際はインカム越しのクルツの知識100%です)
そう。私は“万能の天才”だけど、今日は“喋るパペット”でもあるわけよ。クルツが全部言ってくれるおかげで、私はわかったフリ全開で堂々と振る舞えるの!!
ありがとう、クルツ!! 君の存在はECSの希望!! ていうか私の盾!!
そんな私の心の中の感謝も知らずに、インカム越しにクルツが淡々とつぶやく。
《……これでも技術畑のトップですからね。万能の天才のボスに負けるわけにはいきませんよ》
……へ?
ちょ、今なんて言った?
まさか、今の聞き捨てならないやつじゃない?
「万能の天才なんて……そんな……」
私は照れ隠しに口元に手を当てて、乙女な演技をしてみる。
「もっと言って!!!!!!!!!!!!」
はい、耐えられなかった。
いや無理でしょ!? そんな称号、喜ばないわけないでしょ!?!?!?
万能の天才ですよ!? もう“最高にして唯一無二の存在”って言われてるのと同じじゃない!!!
も~~~~~、クルツったら、ほんとそういうとこ!!!
私の内心がバレたら技術者たちに「このボス、意外とチョロいな」って思われかねないから、とりあえず笑顔で取り繕う。
「……ふふっ、冗談よ? 本気にしないでね?」
(してるけどね!? めっちゃしてるけどね!?!?)
そして研究所の一角では、いままさに――!
新型魔法武器の実稼働テストが始まっていた!!!
やばい。めっちゃワクワクする。私の中の技術オタク魂がざわついてる。
そんなとき、研究員のお兄さんが私に声をかけてきた。
「灯、君も触ってみるか?」
は? いいの!?!?!?
「もちろん!!!!」
私は即答で答え、待ってましたと言わんばかりに試作品の魔法武器を受け取る。形状はスリムでシャープ。魔力伝導効率を意識した設計なのか、グリップがしっくり手に馴染む。
さて、どれどれ……。
私は軽く構え、魔力を流し込む――。
すると。
ぶぉん。
魔力の脈動が滑らかに、抵抗なく武器の中に流れていく。
えっ? えっ??? なんか、普通に使えたんだけど????
研究員の目が飛び出しそうになる。
「えっ、もう適応できたの!? 普通は調整に時間がかかるのに……!」
「ふふん、そうよ! 私って天才じゃない?」
ニヤリと笑ってドヤ顔する私。完璧すぎて怖い。これはもう、才能が溢れて仕方ないやつ。
「天才だったわ!!!!!!! HAHAHAHAHAHA!!!!」
そのまま高らかに笑いながら、私は試作品を軽く振るってみせる。
スラッシュと風を切る音。軽い、扱いやすい、反応が良い!
やっぱりね。
やっぱり私って、何やらせてもできちゃう天才なのよね!!!!
――”シュバァッ!”
魔力を通して、軽く武器を振るった瞬間――その一撃で、前方のテストターゲットが綺麗に真っ二つになった。
……え?
なんか今、すごい気持ちよく斬れたんだけど?
めっちゃ軽いし、魔力の流れもスムーズ。反応速度も過去最高クラス。ていうかコレ、私がずっと欲しかったやつじゃん。
「……え、なにこれ……やば……!」
自分で使ってみて、思わず声が漏れる。やばいやばいやばい、テンション爆上がり。
そのとき、研究員が絶句した顔でつぶやいた。
「……これ、理想を詰め込みすぎて、誰も使えなかったはずの試作品だったんですが……?」
「ふふん、まぁね?」
私は武器を肩に担ぎながら、ドヤ顔でキメてみせた。見たか、これが“元・伝説の魔法少女”の実力よ。
そこへ、インカム越しに冷静な声が入る。
《ボス、データは順調に取れています。ですが、もう少し稼働データが欲しいですね》
クルツ、容赦ない。
「了解! 天才は期待に応えてこそよね!!!」
私は構えを取り直し、再び試作品を振るう。連撃、飛翔斬撃、回避動作――とにかく全力で動き回る。
でも、ふと気になって、インカム越しに小声で聞く。
「……で? どう、再現できそう?」
《時間がかかります》
即答。
「……即答かい」
いや、わかるけど!?
私でも完全再現は難しいレベルなんだから、そりゃクルツでも時間はかかるわよね!
でも大丈夫。私は天才だし、クルツも天才だし。
「いっしょに作り上げるのよ……“魔法少女に勝つ未来”を!」
私は拳を握って気合を入れた。
「(というわけで、まだ動くわね?)」
《はい、まだ足りませんので》
……クルツ、さすがに鬼では?
「いや~、いいデータが取れたよ。灯のおかげだ」
研究員のひとりが満面の笑みで言った。
「いや~もっと褒めて!!!!!!!」
私は両手を腰に当て、ドヤ顔全開で胸を張る。
「これでまた研究が進みそうだ。ありがとう、灯!」
「えへへ、それほどでも~!!!」
天才って、ほんと罪よね! 存在してるだけでみんなが喜ぶんだもん!
そのとき、別の研究員がぽつりと口を開く。
「まだそれほど動けるなら、魔法少女として活動できるんじゃないかい?」
――来たわその話!!!!
でしょ!? そうなのよ!! そうなのよ!!!!
だって私は、天才魔法少女・夜城 灯なのよ!?
え? え? なに? 今さら思い出しちゃった感じ?
でも――。
私は髪をかき上げ、寂しげな微笑みを浮かべてみせる。
「私はもう、過去の存在よ。いつまでも出張るわけにはいかないわ」
(ほんとは違うけどね!? できることなら今すぐ変身して戦場に出たいわよ!?)
「そうか……それは残念だ。……ちなみに、今後も手伝ってもらうことは?」
「もちろん、私でよければいつでも!」
私は華麗に親指を立ててウインク。
ふふん……完璧だった。
表向きは聖霊界の協力者、裏ではECSの帝王。
私は、正義と悪を両立する存在なのだ!!!!
もう最高!!!!! 私って、なんて万能なの!?!?!?!?
……しかし、その後。
「ボス、お疲れさまでした」
と、心地よい拍手に包まれながら私は研究室の出口へ向かっていた。そのとき――。
インカムから、聞き慣れたクルツの冷静すぎる声が流れ込んできた。
《……ボス、これって聖霊側の技術躍進にも貢献しているのでは?》
「……あ」
一瞬で時が止まった。
私の脳内に、ついさっきの技術者たちの言葉がフラッシュバックする。
『これでまた研究が進みそうだ』
『ありがとう、灯!』
――あれ?
――私……ありがとうって言われて……すごく褒められて……
……完全に“向こうの研究を手伝ってる”やないかーーーーーい!!!!!!!!!!!
いやいやいやいやいや、待って待って待って待って!?!?!?!?
私、敵の技術をパクりに来たんですけど!?
データ盗んで、ECSに持ち帰って、改良して戦力強化する予定だったんですけど!?!?!?
なのに何!?!?
何で私、今――、
「いや~灯ちゃんすごいね~」「もっと協力してね!」
みたいな空気になってるの!!??!??
完全に「外部スタッフ」じゃん!?!?!?
もはや「パートタイマー」レベルで働いてるじゃん私!!!
私は、ブワッと吹き出しそうになる焦りを押し殺しつつ、その場でひとり静かに頭を抱えた。
「くっ……あれ……?」
なんか……ちがくない???
私、悪の組織のボスなんですけど??????
自分の立ち位置がわからなくなってきた……。
……そのまま私は、壁にもたれかかりながらうなだれていた。
「……ちょっとだけ、静かにして……私、自分が何者か見失いそうなの……」
すると、またもやインカム越しにクルツの声が届く。
《ちなみに、さっきの会話内容、全部録音してありますので。》
「やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
私は心の底から叫んだ。物理的には小声だったけど、心では絶叫だった。
なんでこんなに抜け目ないの!? クルツ、あんた技術者ポジションにいながら、地味に敵じゃない!?
というか、あんたが一番ボスしてる説あるわよ!!!?
《あ、あとで録音データ、研究チームに送っておきますね。勉強になるらしいので》
「ちょっと待って!?!? それ私が“ボランティア”扱いされる流れじゃない!?!?!?」
私の焦りとは裏腹に、研究施設の廊下では聖霊界の技術者たちがニコニコと談笑している。
「灯さん、本当にありがとうございました〜!また協力お願いしますね〜!」
「うっ……うん、またね……(くっそ、なんでこんなに笑顔で送り出されてるの私……)」
私はスカートの裾を握りしめながら、心の中で叫んだ。
――違う。違うのよ。
私は悪の組織のボス。世界を震撼させる影の支配者。
なのに今、なぜか“ヒーローサイドの優秀な研修協力者”みたいなポジションになってない!?
「おのれ……これは情報戦……!! 心理戦……!!」
ふらつく足取りでゲートへ向かいながら、私は心の中で決意を新たにした。
「絶対に……絶対にこの技術、ECSに持ち帰ってやる……!」
そして――
「ついでに、また褒めてもらいに来るわ!!」