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黒猫が運んできた騎士団長と副団長の恋  作者: ゆうか


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1/3

前編

このお話を選んでいただき、ありがとうございます。

3話で完結するお話を書くのは初めてですが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。

ジリジリと強い日差しが肌を焼く中、その日も騎士団では訓練が行われていた。


「ひぃ、す、すみません」

新人騎士の情けない悲鳴が訓練場に響き渡る。


先輩騎士の1人が注意しようと、声がした方向を向いたが、彼の叱責が飛ぶことはなかった。


それもそのはず。

その騎士の訓練相手は、この騎士団の中で総長の次にある地位、13しかない席に座る団長だったのだ。


黒のような青色の髪がフワッと浮いたかと思うと、次の瞬間には残像となり、ガキンと剣と剣がぶつかる鈍い音が聞こえる。その素早さから、騎士団長シンシアには「神速」の2つ名がつき、恐れられていた。


シンシアは伯爵家の出身だが、貴族女性の嗜みである長い髪はなく、首元で切り揃えられている。

金の目は夜には不気味に光って見えると陰口を叩かれることもしばしばだったが、本人は全く気にしていなかった。


「謝ってないで、体動かせ」

「ひぃ」

全く、今年の新人は軟弱なやつばかりだ。

苛立ちが顔に出たのか、新人はまた「ひぃ」と悲鳴を上げて後ろに2、3歩下がっていった。


「どうした、もっと踏み込んでこい!」

「ひぃ、無理です」

最後には腰を抜かしてしまった新人を見て、シンシアは大きな溜め息をついた。


こいつを採用したのはどこのどいつだ。

ちゃんと実力を見て、選抜したんだろうな。段々と怒りが込み上げてくる。

シンシアは、多くの死線を乗り越えてきた歴戦の騎士だ。身体には至る所に傷跡が残っているが、それも彼女の誇りである。


こんな程度のプレッシャーで悲鳴を上げていては、戦場で命を落としてしまうのは目に見えていた。

なんとか、次の戦いまでにこいつを育て上げなければ。


その強い使命感から、シンシアの指導は厳しくなりがちだった。だが、こいつは怒鳴りつけたところで更に萎縮してしまうだろう。

苛立ちを抑えるために、ふぅー、と肺にある空気を一気に吐き出すと、それだけで「ひぃ」という情けない声が聞こえた。


…頼むから、これ以上私を苛立たせないでくれ。

私はこいつを怒鳴らないために、急いで剣を鞘に戻して、団長執務室へと向かった。


執務室で事務作業をしていると、ノックの音と同時にガチャと誰かが入ってきた。

部屋の主人が許可を出す前に入ってくる無礼者はこの団に1人しかいない。


「聞きましたよー団長。新人いびりは程々にしないと」

「新人いびりではない。あいつが軟弱だっただけだ」

こいつがわたしを揶揄うのはいつものことだ。


書類から顔をあげないまま答えると、そいつがこちらに近づいてくるのが目の端に映る。

いつものように、手についたものを払う仕草に私は更にイラっとさせた。下に落ちたものは、私が掃除しなければならないのに。


「まーたそんなこと言ってー、新人君、団長が出ていった後、大泣きしてましたよ」


こいつの言葉に、ほんの少し後悔する。

私は騎士たちを威圧したいわけでも、恐怖で従えたいわけでも無い。

戦場に出れば、あの程度のことは日常なのだ。


「一応、フォローはしときましたけど。あの子辞めちゃうかもしれませんねー」

「要件はなんだ、エドワード副団長」

エドワード、この男はここの副団長で、唯一従魔を持つ男である。

従魔とは、契約によって従えた魔物のことであり、高ランクの魔物を従えているほど、強いやつであることを証明することになる。


貴族の間では、権力の象徴として持つ場合もあるらしい。私には不要なものだ。

さっき、やつが手から払っていたものは、従魔の毛だろう。その証拠に、やつが立っている場所の下に黒い毛が数本落ちている。


ベラベラと喋り続ける彼が鬱陶しくなってきて、書類から目線を上げギロリと睨むと、エドワードは両手を上げて答えた。


「いやー、要件という要件はありませんよ。ただ、あの後どうだったかなーって団長が気にしてらっしゃると思って、ご報告に来ただけです」

「そんなこと、微塵も気にしていない。さっさと職務に戻れ」


嘘だ。実際は気にしすぎであまり書類が手についていなかった。

だが、そんな情けないことを部下に言えるわけがなかった。


「えー、そんな怒らないでくださいよ。じゃ、職務に戻りますね」

ひらひらと手を振りながらエドワードは部屋を出ていった。


完全に足音が聞こえなくなったところで、私は机に突っ伏した。

「はあぁぁ。こんなはずじゃなかったのになぁ」


22歳の時、騎士団7年目という若さで騎士団長に抜擢。

やっかみや嫉妬で足を掬われないために、年上の部下の前で威厳が保てるように…厳しい上司の仮面を被り続けて早3年。


25歳でも、騎士団長の職位に就く年齢としては若い。

これからも、部下の前では厳しく接しなければならないという事実に、うんざりしていた。


それに加え、伯爵令嬢としてはすでに嫁ぎ遅れの年齢だ。

絶対に結婚したい、というわけではなかったが、人並みに興味は持っていた。

だが、この歳まで恋人も出来たことがなければ、もう諦めがついていた。


それに比べてエドワードは…。

あいつが剣を振れば見物客だけでなく、女性騎士からも悲鳴が上がる。

濃い藍色の目は知性的で、金色の髪は日に当たるとキラキラと輝き、まるで絵本から出てきた王子様のようだ、ともっぱらの噂だ。


さらに剣の腕も確かで、他団から「うちに来ないか」とよく誘われるらしい。その報告をなぜか毎回、本人から受けていた。

最近では団長職へと昇進する話も出ているようで、度々総長室へと向かう様子を目にしていた。


あいつと私は何が違うのだろう。男だから?女だから?そんなの騎士団では関係ないはずだ。

私と目の髪の色をひっくり返しただけで、評価は一転するものなのだろうか。


いつもならこんなにウジウジ考えることはないのに、今日に限ってはひどく落ち込んでしまった。


その後も書類が手につかず、早めに切り上げて帰宅することにした。

空が茜色の時に帰宅するなんていつぶりだろう。


少なくとも、騎士団長の職を拝命してからは一度もなかった。

「私の何が、いけないんだろうな」

上を見上げながら歩いていると、突然「ミィ」という弱々しい声が聞こえた。


驚いて視線を地面に落とすが、どこにも動物らしきものは見当たらない。

聞き間違いかと思い、再び歩き出そうとした瞬間、また「ミィ」という声が聞こえた。


やっぱり、どこかに何かいる!

注意深く周囲を観察すると、道の端、草が生い茂っている部分が僅かに動いた。


慌てて駆け寄ってみると、そこには小さな黒猫が蹲っている。

そっと抱き上げると、そいつは思っていたよりも遥かに軽かった。


「お前、軽すぎないか」

思わず猫に話しかけてしまう。すると猫は肯定するかのように、ミィと鳴いた。

目は開いているが、身体は両手に収まるくらいだし、生まれて間もないのではないだろうか。


こんな子を放置して帰ることなんて…できるわけがない。

「可愛いな、お前」

「…団長?」

怪訝そうな声は、嫌というほど聞き慣れた声で。


恐る恐る振り返ると、そこには私が落ち込む一因となった、エドワードが立っていた。


2人の間に沈黙が落ちる。


見られた、見られた。

よりによって、1番見られたくないやつに見られた。


これじゃあ、私の団長としての威厳は…そもそも、明日からどうやって接すれば。

「えーっと、団長。その子はどうしたんですか?」

「そ、その…鳴き声がしたから…何かと思って」


ダメだ。混乱しすぎて、素の口調に戻ってしまっている。

「その子、飼うんですか?」

追い討ちをかけるようにエドワードが質問した。

「あ、ああ、うん。そのつもり、だ」


やばい、やばい。今まで築き上げてきた、厳しい騎士団長というイメージが…ボロボロと音を立てて崩れ去っていくようだ。

「それなら、僕もお手伝いしましょうか?」

「…へ?」


今、信じられない言葉が聞こえたような。

「僕、実家では猫と暮らしてたんです。良かったら、団長が慣れるまで、お手伝いしましょうか?」

て、手伝い?反射的に「そんなものいらん」と言いそうになったが、直前で考え直す。


私は動物を飼ったことがない。まして、こんなか弱そうな動物と接したことすらない。

私がもし、誤った飼い方をして、この子を死なせてしまったら…


グルグル考えている私の方を、エドワードは不思議そうな顔をして覗き込んできた。

「あの「よ、よろしく頼む」」

至近距離で私の大声を聞いたエドワードは、一瞬びっくりしていたが、すぐにいつもの雰囲気に戻った。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

にっこり笑ったエドワードに、私は何か嵌められたような気がした。


エドワードの気持ちには微塵も気づいていなかったが、今後の生活で嫌というほど思い知らされることとなることを、この時の私はまだ知らない。

こうして、私と子猫とエドワードの奇妙な日常がスタートしたのだった。

「面白い」「続きが気になる」となど思っていただけたら、ブクマや『☆☆☆☆☆』マークより、評価を入れていただければ嬉しいです。

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