4話 逃がさない
「私が執事だなんてどういうつもりだ!」
伯爵親子が帰宅後、執務室にアメリアの怒号が響き渡る。
突然のルイスの「執事」宣言。あまりの出来事に、アメリアは己の立場も忘れ前世の口調そのものでルイスに詰め寄っていた。
「元々エドガーには引退して穏やかな老後を……と思っていたから、丁度いいでしょう。それともエドガーを死ぬまでこき使えと?」
「そっちじゃない! エドガーさんの後任が私なんて無茶だ! 大体、私が執事なんて無理に決まってる!」
「ああ……正確には執事ではなく、俺の『専属メイド』になっていただこうかと。つまりは秘書ですね」
「言い方の問題じゃなくてだな!? メイドが主の付き人なんて有り得ないっていっているんだよ!」
「あなただって『女伯爵』として頑張っておられたじゃないですか」
「そ、それは……っ!」
机に座ったまま涼やかな笑みを浮かべるルイスにアメリアは言い淀む。
「そもそも今は仕事に性別なんて関係ない。この二十年で、時代は変化してきたんですよ……アメリア様」
ルイスは立ち上がり、アメリアの周りをゆっくりと歩く。
「あの頃とは異なり、今は女性でも家督を継げるようになりました。それは世の女性が『女伯爵』に憧れ、彼女のようになろうと健闘したからです。貴女のお陰で、この世界でも女性は生きやすくなった」
「でも、だからって……メイドの私が公爵の秘書というのは……」
それでも頑なに首を立てに振らないアメリアに、ルイスは小さく息をつきその目の前で立ち止まる。
「アメリア様。いつも俺におっしゃっていますよね? 今は私が使用人で、貴方が主人だ……と」
「そう……いったけれど……」
「心苦くはありますが……俺はかつての従僕としてアメリア様のお言葉に忠実に従うまで」
悲しげな表情を浮かべたルイスは一変。くいっとアメリアの顎を指ですくい上げる。
「それとも……貴女は主人の命令に逆らうのですか? いけない人ですね」
「ひ、卑怯者っ! そういうときだけ権力を振りかざすのか!?」
「今の俺は侯爵ですから。使えるものはなんだって使います」
にっこりとあくどい笑みを浮かべるルイスにアメリアは言葉を失いぱくぱくと口を開ける。
「アメリアさん、私からもお願い致します」
背後からエドガーが現れた。
「エドガーさん……」
「執事として、坊ちゃんからは色々とお話を伺っておりました。貴方が坊ちゃんにとってとても大切なお方だということも……」
「は、はあっ!?」
エドガーとルイスを交互に見やれば、二人はにっこりと笑っている。
(ルイスはともかくエドガーさんはこんな馬鹿げた話信じてるの!?)
前世の関係なんて、そんなお伽噺みたいなもの。
「嘘か誠かはわかりません。ですが、それを抜きにしたとしても……貴女にならルイス様をお任せできる」
エドガーはアメリアの手をぎゅっと握る。
皺だらけの温かく、そして強い手。
「アメリア様。どうか旦那様を……そしてこの屋敷をよろしく頼みます」
生粋の完璧主義者・アメリア。
自身の立場。課せられた責任と期待。それが彼女のやる気に火をつける。
「……わかりました。エドガーさんの頼みならば断れるはずもありません」
ぐっ、と拳を握りアメリアはルイスの前で胸に手を当て頭を下げる。
そしてルイスの手を取り、その手の甲に口付けを落とした。
「……ルイス様。私は貴方の忠実な従者として、忠誠を誓いましょう」
ルイスがアメリアの従者になった時と同じ契約の言葉。
まさか自分がかつての従者に同じ言葉をいう日がくるとは――。
「よろしくお願いします、アメリア」
見上げるとルイスは嬉しそうに微笑んでいる。
これで契約は成立。アメリアは手を離そうとしたのだが――。
「――は!?」
今度はルイスがアメリアの手をがっしり掴んで離さない。
「これで貴女は俺だけのメイドです。そして――俺は貴女だけの従僕です!!」
「いや……いやいやいや。だからなんでそうなるんだ!?」
こうしてアメリアは侯爵専属メイドになってしまったわけだ。