プロローグ
女伯爵――アメリア・ファタールは焼かれて死んだ。
燃え盛る屋敷。その火の手はアメリアがいる書斎にまで迫ってきていた。
「……ここまで、か」
椅子に腰掛け、浅い息を繰り返す。
腹を押さえた手のすき間からは止めどなく血が滴り落ちる。
失血か、火に包まれるか――どちらにせよ、彼女の命は風前の灯火だった。
「――アメリア様っ!」
朦朧とする意識を呼び覚ますのは青年の声。
見慣れたターコイズの瞳と目があった。
「……ルイス。どうしてここに」
「決まっているでしょう、あなたを助けにきたんですよ!」
ルイス――女伯爵の忠実な執事だ。
女だてらに家を守ろうと足掻くアメリアをずっと支えてきてくれた忠心だ。
「もう大丈夫です。俺が必ずあなたを助け――っ!」
アメリアを担ぎ、立ち上がろうとしたルイスが体勢を崩した。
「……ルイス」
「くそっ……。動け、動け……っ!」
彼の体は傷だらけで、煙を吸いすぎたのか呼吸も辛そうだ。
足を骨折しているのか、一人で立つだけでもやっと。怪我人のアメリアを抱えるのは困難だった。
「ルイス。私をおいて逃げなさい」
「なにを……!」
「どちらにしろ、私はもう……助からないわ」
じゅくり、と服に染みこんだ血の量にルイスは目を見開く。
アメリアはもう炎の熱さも感じなかった。
顔は青ざめ、この灼熱の中で彼女の体は凍えるように震えていた。
「これは命令です。ルイス、私をおいて今すぐ逃げなさい」
「今まであなたの命令はどんなことでも叶えてきました。ですが……それだけは聞けませんっ!」
ルイスは力を振り絞り、足を引きずり窓際までやってくる。
窓の下では逃げ延びた使用人たちが、燃え盛る屋敷を悲痛な表情で見つめていた。
「ここから飛び降りましょう」
「……無理だよ。ここは何階だと思ってる」
「俺が下敷きになります。そうすればアメリア様だけでも……!」
「はは……バカな……ことを……」
アメリアの体から力が抜けていく。
「アメリア様っ!」
「どうして……こんなことに……なったんだろうな……」
うわごとのように呟いた。
どうしてこんな結末を迎えたのか――そう考えを巡らせてもうまく思い出せなかった。
「ルイス……今まで、よく私に仕えてくれました。心からの感謝を」
「そんなこと仰らないで下さい! 俺は今までもこれからも、アメリア様だけのものです! あなたが死ぬならば俺も――!」
ルイスは涙を流しながらアメリアを抱きしめる。
「あなたのような忠実な従者に出会えて光栄でした。私は……あなたのことを誇りに思います。だから――」
アメリアは最後の力を振り絞り、ルイスを窓から突き落とした。
この高さから落ちたら自分は助からない。だが、ルイスならきっと――。
「――なっ!」
「どうか、あなただけは生きて……」
「アメリア様ああああああああああああああっ!」
神様、どうかルイスだけは助けてください。
そしてアメリア・ファタールは二十六歳という短い一生に幕を閉じたのであった。
*
――二十年後。
「――アメリア。あなたを当家の使用人として歓迎しよう」
「誠心誠意お仕え致します。ご主人様」
アメリアはメイド。ルイスはその主人として。
転生した二人の立場は逆転し、再会を果たした――が。
「アメリア様……やっとあなたに出会えた」
「あなた記憶が……」
ルイスは嬉しそうにアメリアを抱きしめる。
この二人は互いに前世の記憶を持ち合わせていた。
「たとえ立場が変わろうとも、俺は一生あなたの忠実なしもべです」
「――ちょっ、あの。力が……強すぎない?」
離れようとするが、ルイスは渾身の力を込めてアメリアを抱きしめる。
「離しませんよ。もう、一生。あなたを失うのは二度とごめんですから」
「――ひっ」
愛情と覚悟が決まった顔にアメリアは顔を引きつらせる。
従者の重すぎる忠誠心は一度生まれ変わったていどでなくなるものではなかった。
主人はメイドを決して離さない。
それは恐らく前世よりも深く――そしてはっきりと。
これは元女伯爵とその従者の――時を超えた、愛と忠誠の物語である。
こんにちは。松田です。
以前、コンテスト用に書いた作品を改稿して再掲します。
転生主従逆転ロマンスです!
お付き合い頂けましたら幸いです!