本人に許可取らずに『本人に許可取りました!』って書いたら、本人にバレた。
「すんでー、わたすの元彼が本当にしつこい奴なんすよー!別れるならデートの金半分返せって言って腕掴んできたから、一本背負い投げで頭から地面に落としてやったっすよー」
「あー、そーいやアンタ女子柔道78キロ超のメダリストだったわね」
「す。わたすの元彼はその事知らずに組み付いてきたっすけど」
「成歩堂ー、大変だったわねー」
おっす、オラ大学生なろう作家。
ある日、学生食堂で後輩からキモい元彼の話を聞いた私は、これを元に婚約破棄ざまぁ作品書こうと思ったのだった。
帰宅後、早速後輩から聞いたキモ男に婚約破棄王子の役をさせて、三千字程度の短編完成。そして、PVを伸ばす為に後書きに一工夫っと。
『ここまで読んでくれてありがとうございます。この話は、私の友人の実体験が元になっています。(本人には許可取ってます!)』
後書きに加えたこの一文。これにより、作品に生々しさが増し、より完成された作品となる。実際、この後書き効果によって書籍化まで行った作者様を私は何人か知っている。ならば、やらない手は無いでしょ!
投稿後、大学の課題をこなしながら、感想が届くのを待つ。
【感想が書かれました】
「しやあっ、キタキタ!」
私はキタキタ踊りをしながら、スマホをタップして感想を確認する。
『私、許可取ってませんよ?嘘書くの辞めて下さい。本人』
感想を見た瞬間、血の気が引いた。これ、後輩ちゃん?あの子、ざまぁ系読むんだ意外。…じゃなくて!こりは不味い!このままでは、私の評価が、ランキングが、最悪アカウントが!
すーはー。
落ち着け私。まだ、彼女からのクレームと決まった訳じゃない。そうだ。私は自分がなろう書いてる事を大学では言ってないし、後輩ちゃんが私の作品に辿り着いて文句を言う可能性なんて天文学的確率だ。きっとこれは、本人を装った赤の他人の冗談だろう。うん。私は、この感想をイタズラと結論付けて感想返しをした。
『自称本人様、そーゆー冗談は心臓にくるからやめて!私、本物の本人から許可取ってますからね!』
これで良し。これで、他の読者様からは、問題無しと判断されるだろう。そう思ったのも束の間。マッハで本人(?)からの返信返しが来た。
『私の一個上、経済学部、この小説の元ネタを聞いたのは、今日のお昼に学食で。合ってますよね、K先輩?今、アパートの前に居ます』
ピンポーン
チャイムの音。私は恐る恐る玄関へ向かい、覗き穴を確認する。だが、そこに後輩ちゃんは居なかった。
「だ、誰?」
「本人です。許可の件で来ました」
そこには、シャツをズボンの中に入れ、割れた眼鏡を掛けて松葉杖をついた冴えない男が立っていた。
…あ、本人って加害者の方か!正体を知った私は、不安から解消され代わりにふつふつと怒りが沸いてきた。
「オラァ!」
「んきゃぴ?」
玄関開きざまに顔面パンチ。眼鏡を奪いキモ男をアパートの中へ引きずり込み、スマホを取り出して写真を取る。
「い、いきなり何するんですか」
「黙れストーカー。今からお前の顔写真と後輩ちゃんにした仕打ちを、大学とお前の家族とバイト先に晒すから」
「や、辞めて下さい!ぼ、僕はただ、許可を取ってないのに許可取ってますって言ったのは問題あると思って、許可してあげなきゃと思って来たんです!」
「は?何で私が友人から聞いた話を小説にするのに、赤の他人のアンタに許可取らなきゃならないのよ。お前、そこへ正座して私の話聞け」
私はキモ男を座らせると、婚約破棄王子並に頭の悪いこいつにも分かるように、問題点を説明してやった。
「いい?事実系の小説で本人に許可を取るって言うのは、話してくれた相手から許可を貰うって意味よ。今回の場合は後輩ちゃんね」
「え?で、でも、学食に居た時、僕後ろで話聞いていたけれど、許可貰って無かったですよね?」
「今はそんな話してないでしょ。そんなだからモテないのよ。私が言いたいのは、被害者には守られるべき人権があるけど、加害者にはそんな配慮要らないって事なの。アンタ悪い事したんだから、それが晒されるのに文句言う資格なんて無いでしょ。分かってる?」
私がそう告げると、キモ男は泣きながら頷いた。
「じゃ、警察呼ぶから大人しくしてなさい」
「…はい」
こうして、キモ男は警察へ連れて行かれた。どうやら、過去にも何度か後輩ちゃんや他の女性との間のトラブルで警察に厄介になっていたらしく、ストーカー予備軍としてマークされていたみたいで、後一回付き纏い行為をしたら刑事案件だったそうな。で、後輩ちゃんの相談相手である私のアパートへ凸した事でストーカーとしての立件条件がコンプリート。逮捕・退学・家族から縁切りとなったのだった。
「…という事でね、もうアイツは私達の目の前に現れないから安心してよ」
「先輩、小説書いていたんすか!?かっけっす!」
キモ男の処分が決まった後、久しぶりに後輩ちゃんとお昼一緒になった私は、彼女に一部始終話すと、彼女は私をヒーローの様に称えた。
「それで、その小説はどうなったんすか?」
「日間ランキング一位継続中、大好評につき長編化決定」
「何か分からないすけどすげえっす」
「わはは、褒めろ、もっと褒めろ」
後輩ちゃんにおだてられていい気分になっていた私だったが、気持ち悪い視線を感じそちらを向くと、二十メートルぐらい先にあのキモ男が立っていた。いや、車椅子に座っていたから正確には立ってはいないのだが、とにかく居た。
「せ、せっせ、先輩!ほぼぼ僕、誓約書書いてきましたよっ!長編書くんですよね!許可します!この先、僕の事何書いても良いって誓約書を書いてきました!あ、あっあっ、後お!先輩の過去作品のざまぁキャラのモデルになった人達に会って、全員に話付けて来ましたぁ!だ、だから安心し…うわっ!」
ガシャンと音がして、キモ男の車椅子が倒れる。彼の後ろから何人もの男達が肩を怒らせ凶器を手にして近付いてくる。全員知った顔だった。私の過去作のざまぁキャラ達のモデルになったモラハラ教授やDVホストや私のパンツ盗んで転売していた叔父やらが歯を剥き出しにして一歩一歩近付いてきた。
「皆さん、お、落ち着いて!ここに来たのは本人許可の為って約束だったじゃないですかぁ!ぼ、僕含め加害者は晒されても文句言っちゃ駄目なんですってば!…ですよね、先輩?」
キモ男は倒れたままの状態で元ネタの人達を必死に説得するが、止まる様子は無い。逆にますますヒートアップしている気さえする。そして、とうとう叔父が目の前まで来て、私に向かってナイフを振り下ろした。
だが、ナイフは私には当たらなかった。ナイフは、割って入った後輩ちゃんの背中に深々と刺さっていた。
「な、何で柔道の代表がこんな場所に…ひいいい、私はそんなつもりじゃ無かったんだ」
自分のやらかした事に気付き、叔父は顔を白くして膝から崩れ落ちる。
「後輩ちゃん、しっかりして!警備さん、こいつらです!そこの車椅子の奴が部外者を引き連れて彼女を襲いました!」
騒ぎを聞いて駆けつけた警備の人に状況を伝えると、彼らは倒れたままのキモ男にのしかかり、腕を捻り上げた。
「あ〜!あ〜!ああ〜!」
キモ男は肩を可動域とは逆向きに曲げられ、痛みに泣いていたが、誰も同情はしなかった。
ストーカー男が逆ギレして国民的英雄の命を狙った。周りの人達は現場の様子とこれまでの噂からその様に判断した。
それから数年後、後輩ちゃん殺害事件の裁判が行われ、キモ男は無期懲役となった。実際に後輩ちゃんを刺したのは私の叔父だが、罪を軽くしたい彼は下着泥棒の事でキモ男に脅されて犯行するしか無かったと偽証し、それが通ってしまった。
あれが本当は私を狙っての犯行であり、キモ男はそれを止めようとしていたのだが、その真実を知っているのは私と加害者連中だけ。そして、私の小説が原因でこんな事件が起きたと知られたら、私の人生も終わってしまう。
なので、私と他の加害者達は叔父の苦し紛れの責任転嫁に乗っかる事にした。バレる心配は無い。死人に口無しというやつだ。
そう、死人に口無しだ。実際に死んだ後輩ちゃんは勿論の事、キモ男も実質死んでる様なものだった。彼は、捕まった後ずっと意識が戻らなかった。検査の結果、脳出血が原因と分かったが、頭部には何発も打撲の痕があり、車椅子で倒れた時か、警備員に殴られた時か、それより前の怪我が原因かは判別はつかなかった。ただ、現代医学では目覚めさせるのはほぼ無理という事だけは確からしい。
小説に出てくる魔女や魔王なんかより、本当に恐ろしいのは人間だ。私はこの事件を通して心からそう思った。勿論、あれから小説は一回も書いてはいない。
私は今、後輩ちゃんの家族から紹介された職場で働き、誰とも親交も深めずひっそりと暮らしている。世間では、私は目の前で友人が殺されるのを目撃し、しかもその実行犯が親戚だったという可哀想な存在として語られている。だが、いつかバレるかも知れない。私が書いた小説のせいで殺人事件が起きたという真実が。
ピンポーン
「…はい」
玄関のチャイムが鳴り、相手を確認すると、後輩ちゃんのお父さんだった。
「お父さん、お久しぶりです…ね?」
扉を開けると同時に腹部に痛みが走る。見ると、私のお腹にナイフが突き立てられていた。
「君が書いていた小説を見つけましたよ。私の娘が刺されたのは、あの小説のせいですよね」
「あー、ばれちゃったかあ」
こーなりたくなかったから、消したかったんだけど、何か…面倒くさかったんだよなあ。
おまけ
この物語内悪人ランキング
一位、後輩ちゃんの父
計画性のある殺人
二位、主人公の叔父
傷害致死、窃盗、不法侵入
三位、後輩ちゃん
プロアスリートでありながら素人を頭からコンクリに落とす
四位、元彼
殺人教唆(冤罪)、脅迫(冤罪)、ストーカー行為(半分冤罪)
同率五位、DVホスト、モラハラ教授
凶器所持、殺人の共犯、傷害未遂
七位、大学の警備員
過剰防衛
最下位、主人公
罪状無し