フィリピンの方から来ましたマニラです
家に帰ると知らない人がいた。女の子だ。
「あ、おかえりー」
「あ、うん……」
自分の家なのに子猫の様におどおどする俺。つまるところ女の子が家に居ることに違和感を感じている。
「あ、この子はマニラちゃん。お母さんのバイト先の人の娘さん」
「フィリピンのほうからきましたマニラです。ニホンゴがっこうにかよってます」
「あ、幸司です。一本松の二林第三森川高校に通ってます」
「マニラちゃん、コイツは息子。むーすーこー。OK?」
「オーケーです」
「たまに預かったりするから、仲良くするんだよ」
「は、はぁ……」
てな訳で、知らないフィリピン人がたまに家に来るようになった。
初めこそぎこちなかったが、家に来たら一緒に飯食ったり、はたまた一泊したり、ゲームしたりして、気が付けば1年くらい過ぎていた。
「ただいまー」
「オカエリ愚息」
マニラはすっかり家族の一員みたいになっていた。
「腹減ったー」
「れーぞーこにプリンが入ってた」
「お」
──ガチャ……
「……無いけど」
「入ってた」
「まさかの過去形!?」
「ウソウソ、もずくの裏にある」
「あった! 焦った~」
「にゅふふ。パクチー入れるか?」
「入れないし。プリンとパクチーは合うわけが無い」
「けっこうイケた」
「マジで!?」
今ではこの手のやり取りは日常茶飯事だ。
「日本語学校ってなに教えてくれるの?」
ノートを広げ自主学習に励むマニラに、そっと声をかける。マニラはクルリと振り向いてこたえてくれた。
「ニホンゴ!」
「あ、うん……だよね」
「授業、時間ピタシに始まる。日本人時間守る偉い。電車も時間ピタリ。日本人好き」
「あ、ありがとう」
まるで自分が好きと言われた様な気がして照れてしまう。
「でもセンセ『あと五分だけ』言うて終わり遅らせる。日本人時間守らない。日本人嫌い」
「あ、うん……ごめん」
まるで自分が嫌いと言われた気がして、何故かメンタルが痛んだ。
高校を卒業して、俺は地元の工務店に就職した。バリバリのコネ就職だ。この御時世就職出来るだけでありがたいのに、職場もよく知っている親戚のオジサンのところで、至れり尽くせりだ。
そしてマニラは……何故かまだ俺の家に居た。それもたまにじゃなくて、ずっと。
「おっかさん男連れ込んで家に居辛い。マニラここに住む」
なんとも切ない理由だ。
「いいのよいいのよ! マニラちゃんが居たいならずっと居て頂戴! お母さんね、マニラちゃんの事娘みたいに思ってるから」
「おっかさん……」
「呼び方が江戸時代な件についてはスルー?」
「愚息は沈黙してて」
「愚息言うなし!」
昼間は働き、家に戻るとマニラが居る。初めこそ不思議な事だったはずが、もうすっかりと日常だ。
「マニラは働かないの?」
「九時から四時までファミレスでバイトしてる。料理も学べてお得」
「あ、そう」
まあ、今はチンするだけとか、機械に入れておしまいの所も増えてるから、マニラでも大丈夫なのだろう。それよりも勝手にパクチー入れて怒られたりしてないだろうか。それが心配だ。
「この前テンチョーに『パクチー入れるな!』言われた。マニラ悲しい」
「やっぱりかい!」
「チンの仕方もマスターした」
「それもやっぱりかい!」
「で、夕方はお母さんに和食教わってる。和食は文化財。知っとけば有利」
「マニラちゃん上手よ~。この煮っ転がしもマニラちゃんなのよ~」
「マジか。普通に食ってた」
「マニラちゃん愚息が美味しいって」
「やた♪」
「マニラちゃん、幸司と結婚すれば?」
「愚息職ある、家ある、車ある。そして何より愚息が他の女と結婚するとマニラここ出てかないといけない……それはやだ。でも愚息と結婚するのも……ちょっとやだ」
「ひでぇ!!」
何もしてないのにフラれるわボロクソ言われるわで、煮っ転がしが美味ぇ!!
「大丈夫よ。そしたら幸司が出て行くから。そして何よりコイツはマニラ以外の女の子を知らないから、結婚なんか無理よ」
「もっとひでぇ!!」
「愚息はちょっと……」
「ああもう! 煮っ転がしがすっげぇ美味ぇ!!」
そして月日は流れ、俺も二十歳を過ぎた。
「たっだいまー」
「おかえり愚息。フロか、メシか、それともセックスか?」
「やめい!! 情緒も風情もない!」
俺とマニラは実質付き合っている関係になっていた。どちらから、と言うよりは自然とそうなった感じだ。
マニラは以前、嫌とは言ってはいたが、なんやかんやで俺を受け入れてくれた。
「ジャイアント愚息が恋しい」
「玄関先でジャイアント愚息言うなし!」
「フィリピンの方で一番ジャイアント。優勝間違いなし」
「方とか言うなし! 言うなし!」
「おっかさん、町内会の温泉旅行で今日は帰らない」
「ん、ああ今日だったか」
「さっさとパンツ脱げ」
「やだよ!」
「フロ冷める」
「そっちかよ!!」
「メシもそろそろ出来る。パクチーチャーハン」
「よっしゃ! 追いパクチーも宜しく!」
「モチのロンで完備」
風呂から上がると、パクチーの香りが鼻腔をくすぐったので、俺は急いでリビングへと向かった。
「できた。くえ」
「頂きますお!」
「どうだ?」
「ナイスパクチー!」
気が付けばパクチーは自分の中で神食材までのし上がり、今ではパクチー無しの生活が考えられないくらいだ。毛嫌いしていた頃が懐かしい。
「……大事な話ある。聞け」
「ん?」
チャーハンを食べながら、しゅんとなるマニラ。どうやらあまり喜ばしい内容ではなさそうだ。
「アレが来ない」
「──!?!?!?!?」
いやいやいやいや!!
ちゃんとした!
フリーサイズのやつした!
10個で1500円のやつした!
まさか──穴が!?!?!?!?
「宅急便が来ない」
「うおぉぉぉぉい!!!!」
焦ったー!!
マジ焦ったわー!!
「幸司、今日誕生日。プレゼント頼んでた」
「あ」
自分でもすっかりと忘れていた誕生日。母親ですら忘れて旅行へ行っている。それをマニラは憶えていてくれたのだ。ヤバ、嬉しい……。
「おっかさんからお金は貰ってる」
おっかさん……。
──ピンポーン
「宅急便キタ! これでかつる!」
「いやぁ……嬉しいなぁ」
──ドタドタドタ
「違った」
「うおおおぉぉぉぉい!!」
たまらず椅子から転げ落ちる。
「ネグリジェ。フィリピンの方でちょっと流行ったネグリジェ来た」
箱から取り出されるシースルー。スケスケとしたその布は、服というか、レースのカーテンというか、なんというか……スケベなやつだ。
「似合うか?」
「……」
服の上からスケベネグリジェを重ねるマニラ。似合う似合わないと言うよりは、単にスケベだ。
「愚息の目が怖い」
「スケベやないかい」
パクチーチャーハンの手が止まる。
「後で着る」
「愚息は待てないと申しております」
「……愛を誓え。永遠の愛を」
──ピンポーン
「……マニラ」
「うむ」
──ピンポーン
「先に出てもいいか?」
「ダメだ」
──ピンポーン
「すみませーん。宅急便でーす」
「……でろ」
──ガチャ
「あ、宅急便です。マニラさん宛にお荷物です」
「ちょっと良いですか?」
「は?」
宅急便のお兄さんの手を引き、家の中へと連れ込む。
「ちょっと証人になって下さい」
「は?」
タンスの上に置いた小さな箱。サッとそれを拾い上げると、俺はマニラの前に跪いた。
「永遠の愛をここに誓います。どうか夫婦として共に生きてくれませんか?」
「……苦しゅうない。面を上げい」
言われるがまま顔を上げる。
「証人。箱の中身を」
「は?」
宅急便のお兄さんから箱を受け取り、中を開ける。ズッシリとした重みのある段ボールからは、どこをどう見てもアダルティなグッズばかりが敷き詰められていた。
「愚息。誕生日おめでとう」
「……マニラ」
「好きにしていいぞ♡」
「お、おう……」
思わずつばを飲んだ。
「証人、そこでしっかり見ておけ」
「は?」
「俺達の愛の誓いを見てて欲しいんです」
「は?」
マニラをそっと姫抱っこし、ベッドへ。そしてゆっくりと…………