犬
毎朝、駅に向かう道の住宅街の信号のない交差点で、いつもすれ違うおじさんがいる。
毎日同じ電車に乗って会社に行くので、毎日同じ時間帯にこの道を通っているのだが…、雨の日も雪の日も晴れた日も猛暑の日も、必ずすれ違う。
中肉中背、やや高齢者寄りの、どこにでもいそうな地味なおじさんは、いつもペットを連れている。
犬にしては大きく、しっぽもなく、明らかに…おかしな生き物。鼻のような部分が2つあるような気もする。ワンと鳴いたことはなく、明らかにリードが細くて、違和感しか感じない。
……あれは犬なのだろうか。
どう見ても、犬ではないように思う。
すれ違いざまにまじまじと見るのも失礼なので、立ち止まって見送るようなことはしたことがない。道の向こうからやって来るのを、前方に視線を向けながらさり気なく確認することぐらいは、した。
たまに道の途中で立ち止まり、地域の住人たちとフレンドリーに話す様子も見かけるが…、おばさんもおじいちゃんも、気さくに犬の背を撫で、何も不思議に思っていない様に見える。
一見ごく普通の、穏やかで平和な、朝の風景なのだが。
犬だけが、明らかにおかしい。
どう見ても、明らかにおかしい。
だが、誰一人として反応するものはいない。
……どういうことなのだろう。
新種の犬?
ロボット犬?
何かの撮影?
近辺では当たり前?
犬好きを装って、『何犬ですか?』と聞いてみようか。
だが、そこまでするほどでは…ないと思う。
見ず知らずの他人に声をかける勇気も…ない。
気にはなるが…それだけだ。
首を突っ込んで、おかしな事になるのはゴメンだ。
見知らぬ他人が、自分に対してフレンドリーに対応してくれるとは限らない。
不信感を持たれて、警察沙汰になってもまずい。
……あれはおそらく、犬なのだ。
そう、あれは…、犬なのだ。
違和感を拭えないまま、自分を納得させ…いつものようにおじさんとすれ違う。
横目で犬を確認しながら、朝日に照らされている前方の地面に目を落とす。
…今日もいい天気だ。
自分の影が、長く、くっきりと地面に伸びている。
この道は朝日を遮る建物が何もなくて…晴れた日は背中がポカポカして、暖かさを感じるんだ。真冬の寒さも、日が出てさえいればずいぶんしのげて……。
そう思ったのも、つかの間。
大きな影が、背後から、広がり始め。
眩しい太陽の光が遮られ、地面に…暗い、影が……。
何だこれは、珍しいこともあるんだなと…。
何が、光を、遮ったんだろうと。
振 り 向 い て