3-男爵家
王都の中心に立つ王城で、権力者たちが緊急集会を行っている。
時刻は真夜中。
話題は先刻、魔物の生息地域である森から天へと伸びた光の柱についてである。
「なんだったのだあの光の柱は!?」
「お、おそらく聖力による祓魔の一撃かと」
「聖力!? そんなバカな! あんなバカげた一撃、先々代だって放てやしないぞ!?」
「ですが、そうとしか考えられません!」
シルヴィが放った一撃は、王都からも確認できるほど強烈な光を放っていた。
問題となったのは、光度から逆算される聖力――聖なる力の絶対量だ。
「先祖返り」
沈黙を貫いていた男が、前触れなく声を発した。
権力者たちの視線が、彼のもとに集中する。
「皆様ご存じの通り、聖騎士グランが純血主義を否定して以来、身分差結婚が許され、聖女の血は代を重ねるごとに弱まっています。しかし、逆を言えば」
「偶然、聖女の力を色濃く発現した子どもが生まれたとしてもおかしくないということか!」
歓喜と、動揺が、集会場を席巻する。
「探せ! 探して、次代の聖女として育成するのだ!」
「さ、探すって王都10万人の聖力を測定しろと!?」
「非現実的すぎる!」
「一体どれだけの金と時間がかかると思っている!」
「ええい! 費用がどうした! これは国運を賭けた大勝負だ! 身を切る覚悟で――」
議論は白熱した。
それぞれが言いたい放題主張して、結論は出そうにない。
「一つ、よろしいか?」
声を発した男は、声を張り上げたわけではなかった。
凄む声を発したわけでもなかった。
だが、不思議と重みを持った声だった。
言い争いの嵐がかき消され、静寂が満ちる。
「探す対象は10万人もいらない。見当はおおよそついている」
「な、なんと!?」
「注目すべきは聖力の行使された場所だ。この聖女候補は、なぜ聖結界を飛び出して森にいた」
先ほどより静かに、けれどとどまることなく、波紋が広がっていく。
「考えられる可能性は三つ。一つは魔物討伐ギルドの組合員だ。だが、この可能性は低い」
「な、なぜだ?」
「時間帯だ」
「そ、そうか。わざわざ暗い夜に魔物を狩る必要性は薄い」
付け加えるなら、夜間の狩猟は魔物討伐に来た人間同士で誤射しあうリスクがある。
そのため、禁止こそされていないが推奨もされていない。
そのような背景があるため男は魔物討伐ギルドの組合員の可能性を捨てた。
「二つ目、正門から入国できない密入国者。だが、この線も低いと考えてよいだろう」
「一応、理由を聞かせてもらっても?」
「密入国しようとする人間が、力を誇示するようなアピールを行うわけがない」
「そうだな」
誰も異を唱えなかった。
確認しなければいけないことを確定させた。
ここまでのやりとりは究極、それだけの意味しかない。
重要なのは、ここから。
「そして、三つ目とは?」
注目を一身に集める男は、ふっと笑った。
「貧民街の住人だ」
「貧民街だと!?」
「バカな! 清らかな力とは真逆ではないか!」
「いったいどんな根拠があると言うのだ」
王都の中心部にいる権力者たちは当然富裕層だ。
外周部で暮らす貧民が、自分たちの命運を握っているという話はそう簡単に納得できない。
男は淡々と論拠を並べる。
「聖結界の外に出たのは、魔物同士が争った残骸か、人の遺品か、金になるものを探すためだ。夜間帯なのは、彼らが治安のいい昼に仮眠を取り、夜間は身を護る生活サイクルを送っているからだ」
否定の意見は出なかった。
代わりに、よりふさわしい人物像を想像し、想像した分だけ失敗を繰り返す。
やがて、彼らも受け入れざるを得なくなる。
次代の聖女は、貧民街にいる。
全会が一致した頃合いを見計らって、男が国王へと進言する。
「王よ、この件は私にお任せください。必ずや次代を担う聖女を見つけ出し、立派に育成して見せます」
男の発言に、空気がピリッとした。
次代を担う聖女を輩出したとなれば、その家の権力は莫大な物になる。
貴族界の勢力図を傾けかねない言葉だ。
緊張が走るのは道理だ。
一同の視線の先が国王に向けられる。
是とするのか否とするのか。
その判断に注目が集まる。
「わかった。この件はそなたが適任と見た。存分に励め」
「ハッ、必ずやご期待に応えて見せましょう」
男の名前はクリストファー・プレゼンツ。
プレゼンツ男爵家の躍進が、ここから始まった。
◇ ◇ ◇
黒タキシードの男が、王都の中間層を歩いている。
細身の体で背筋を伸ばした歩き方には気品があふれていた。
すれ違う人が口を開けて呆然と彼の姿を追いかけているが、当の本人が周りの目を気にする様子はない。
男はプレゼンツ家に使える執事だった。
名をリヒトという。
彼がプレゼンツ家をあけて中間層まで足を運んでいるのには理由があった。
昨日未明に山間部で発生したという、謎の光の原因を突き止めることだ。
プレゼンツ家の威信をかけた使命だ。
表情には出さないが、胸の内はやる気に満ちている。
彼の尋ね人は人相も名前もわからない。
手がかりはたった一つ。
規格外の聖なる力を有しているということだけ。
家の無い人も多い貧民街で探し出すのはおそらく無理だ。
彼はある建造物の前で足を止めた。
ドラゴンと剣がデザインされた看板を立てた建屋だ。
一般には、魔物討伐ギルドと呼ばれている。
リヒトは探し人がここに来ると踏んでいた。
主人は魔物討伐ギルドの組合員ではないと予想し、彼自身その通りだと考えながら、必ずここにやってくる確信があった。
(あれほどの一撃、よほど凶暴な魔物と戦闘を繰り広げたのだろう。貧民街の住人の仕業なら、死体を換金しに来るはず)
リヒトがギルドの扉を開くと、三人の子どもたちが受付で何か声を荒げていた。
少年少女の身なりはオブラートに包んでも皮肉にしかならないほど見すぼらしい。
一目で貧民街の住人だとわかった。
彼らが目当ての人物なら楽なのにな、なんて考えながら近寄り、様子を探る。
「はあ!? たったのこれだけ!?」
カウンターの上には五枚の硬貨が並んでいた。
硬貨の種類はいろいろあるが、その硬貨の価値は、十枚で中間層の食事一食に届く程度。
一般的な感覚からは高額とは言い難い。
「貧民街のガキからすりゃ大金だろ」
だが取引相手が貧民街の子どもなら話は別だ。
丸一日働いたところでその額は稼げない。
ガラの悪い受付の男の言い分はもっともで、貧民街の子どもがその額を渡されれば、小躍りしながら買い食いするのが普通だ。
だが、三人の子どものリーダー格と思われる少女はその額に不満らしい。
リヒトは二つの可能性を追っていた。
一つは、少女が、最近貧民街へ没落した元中流以上の家系出身である可能性。
だが、彼女の装束は長い年月着古されている様子であり、おそらく違うと推測できる。
そしてもう一つは――
もちろん、男の目当ての人物の可能性だ。
「ふざけんな! わたしが倒したのはスライムやゴブリンじゃないんだぞ。凶暴なケルベロスだ! それをこのギルドでは五百ギルで買い取るって言うのかい!?」
リヒトは歓喜した。
これ以上ないくらい完璧のタイミングだ。
わずかに早くても遅くても、すれ違っていた可能性がある。
だが、いままさに、目当ての人物が不満を覚える取引の現場に立ち会っている。
であれば、引き抜きはたやすい。
「お嬢様」
リヒトは、素足に包帯を滑り止め用途で巻いた黒目の少女に声を掛けた。
だが、頭に血が上り、ましてお嬢様と呼ばれるなんて思ってもいない貧民街の少女は反応を示さない。
呼びかけだけでは声が届かないと判断したリヒトは、膝を折り、白い手袋を外して、少女の砂だらけの手を取った。
「お嬢様、少々よろしいでしょうか?」
「ひゃぁっ!? え!? 何? 誰!?」
「名乗り遅れました。私、プレゼンツ男爵家に仕えておりますリヒトと申します」
「へ!? あ、うん。え? 誰!?」
「どうぞリヒト、とお呼びくださいませ」
「はあ……?」
リヒトは少女の警戒心を確認するべく、彼女の黒目をのぞき込んだ。
だから、ほんの少しの違和感を覚えた。
少女の視線が、何もない虚空を見つめている。
関心がこちらに向いていない。
彼はそう判断すると、手早く本題に入ることにした。
「さきほどケルベロスを討伐されたとお伺いいたしました。もしよろしければ、プレゼンツ家で買い取らせていただけませんか?」
少女の目が、すっと座った。
敵か、味方か。
それを見極められている、とリヒトは感じた。
だから、人のいい笑顔でこう言った。
「最低額で五万ギル。条件次第で十万ギルでどうでしょう」
「じゅ――っ」
少女の後ろでコバンザメしていた少年二人が、ハッと気づいたように両手を耳にあてた。
「えええぇぇえええええええぇぇぇええぇぇぇぇえぇぇ!?」