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第三章 第九十話:周到

行方は一瞬仁の背後を確認して奈々華がいないことがわかると、微妙に表情を和らげた。放課後仁は新聞部に来ていた。相変わらずヒーターが稼動しており、仁は帰りの坂道をなるだけ考えないようにしていた。

「珍しいわね。アンタから訪ねてくるなんて」

事前にアポイントは取っていたが、実際に行方しかいない部室に入ると仁は少し落ち着かない。

「コーヒーでいい?」

すまない、と仁。借りてきた猫のように大人しく座った。

「聞きたいことがあるんでしょう?」

部室には簡易な給湯室があった。彼女はそこに入り込んでしまって姿は見えない。前回来たときにはあっただろうか、と訝って、前回奈々華にやり込められてしまった行方の表情を思い出した。何とも言えない顔をしていた。それでもその兄が訪ねてくると、こうして飲み物を淹れてくれるのだから、仁も初対面時に抱いた彼女の印象を随分と改めている。手に味気ないカップを二つ持って行方が戻ってくる。そこで仁は彼女に本題を切り出すことにした。

「ご明察だな…… この学校って、簡単に入れるものか?」

以前のAMCのこともあり、心なしか身構えていた行方はやや肩透かしを食らっていた。

「……どういうこと?」

「簡単に編入とか出来るのかな?」

カップをちゃぶ台に置いた行方は、しばし考えて、眉間の間を片手で揉んでいる。

「ええっと、話しが見えないけど。とりあえず答えるとかなり難しいわね」

あまり困らせるのも悪いので、仁はかいつまんで説明した。祐の素性は伏せて、ただ知り合いがこの学園に編入を希望しているということにした。

「なるほど……」

行方はようやく得心が言ったと、晴れやかな顔をした。

「アンタ本当にこの学園について何も知らないのね」

いつもの彼女らしい歯に衣着せぬ物言い。仁は面目ないと苦笑を返した。

「いい? ここは日本中からエリートと言っていいような素晴らしい魔術師の素養を持った人間が集う学舎なの」

「そういやいつか言ってたな」

呑気な仁の返答に一つ溜息。だが彼女も彼の性格には慣れたのか、そのことについて言及はしなかった。

「加えて、この学園は欠員が出ても学園側から新たに生徒を募集するようなことはしない」

「なるほど」

「つまり途中入学でも全く選考基準は下げないということ」

「じゃあ結局エリートしか入れないってことか」

「そういうこと。寧ろ…… 一度退学者を出してるだけに、もっと厳しいかもね」

同じような実力ではまた退学するのがオチ。退学した者より才気溢れる学生でなければならないということらしい。

「まあ、まとめると編入はかなりの魔術の実力が要るってことね。ここ以上に魔術師養成に力を入れている学校は日本にはないから……」

かなり難しいということになる。小学校から一貫して魔術についての教育を施してなお、退学者が出るくらいなのだから、この学園で生き残るのは容易なことではないのだ。それを外部からなど言わずもがな、となる。

「だから授業以外にも、それぞれの主属性に分かれた部活動が盛んなのよ」

この学園の部活動はスポーツなどではなく、それぞれの色の魔術を自主的に勉強するものが大半を占めるそうだ。例えば赤魔術研究会、青魔術研究会などなど。例外は……

「お前はいいのか?」

「ああ、私?」

新聞部などと、魔術に関わりのない部活動をしているのは彼女だけだ。行方はすっくと立ち上がると、机に向かい、引き出しから一枚の紙を取り出してきた。仁が受け取ってそれを見ると、どうやら成績表のようだ。緑魔術実践、魔術理論、魔術教養、精霊学、緑魔術理論と項目があって、全て5がついている。

「優秀だったんだな……」

「はみ出し者はアンタだけじゃないってことよ」

行方がほんの一瞬、遠い目をした。彼女が仁に世話を焼くのはこういった事情ももしかしたら絡んでいるのかもしれない。過去の、もしくは今もかもしれないが、自分と重なるところがあるのか。

「それにしても…… アンタ来年からどうなるんだろうね」

しみじみ言う行方。言葉の意味をはかりかねて、仁は小首を傾げた。

「いやさ、黒魔術なんて教えれる教師はいないじゃない?」

仁は頭の中で、何かが閃いたときのように、えもいわれぬ高揚感が満ちていくのを感じた。

「そうか! そうだよな! 俺来年からは開店休業状態じゃん!」

「……だから」

「学校なんか行かなくてよくなって、金は坂城から貰えばいいし、パチンコ行き放題じゃねえか!」

「……」

今にも小躍りしそうなほど興奮している仁を、憐れんだ目で行方は見つめていた。


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