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第三章 第八十九話:挙句の裏目

夜半にかけて雨はより一層強さを増していた。コンクリートに腰を下ろした仁はやはりタバコをふかしていた。中庭が一望できる。暗闇の世界。学園の二階から漏れる光だけが、雨に濡れそぼる木々を、芝を照らしていた。それすらも部分的。大多数は光を浴びることさえ許されないのだった。学園から中庭に出るには中門から直接出る方法と、その中門の少し手前に通用口があって、一階の各部屋の窓の下、外部の通用廊下に出る方法がある。中門から出るより校舎に近い。廊下と言っても簡素なコンクリが固めてあるだけでひさしもない吹き曝しのこの場所を仁は特に気に入っていた。奈々華と和解した場所。

「後悔しているのか?」

村雲の言葉は何を指しているのか。一人になりたくて半ば奈々華の目を盗むように出てきたのに、やっぱり一人になりたくなくて、村雲の帯同を許した。

「何を?」

仁に言葉遊びをする余裕はなかった。

「人と関わったこと」

仁はこの刀が怖かった。自分の考えているより深く自分の内面を抉る。いくつも抱える自分の矛盾を克明にする。だがそれが心のどこかで小気味よくもあった。

「……そうだね」

タバコの全身がまだらに濡れて、いつもと違った味がしている。

「そもそも坂城の誘いを受けるんじゃなかったと?」

「……そうだね」

「関わったばかりに近藤を殺した」

村雲はテープレコーダのように、そうだねを繰り返す仁を腰から見上げていた。

「ミリフィリアを救うんじゃなかったと?」

「……そうだね」

「関わったばかりに彼女の両親を辱めた」

傘はあまり意味を成さなかった。仁の肩に宙ぶらりんにかかるだけ。そもそも濡れないようにしようという意思は仁にはないようだった。

「だが関わってしまった」

「……そうだね」

短くなったタバコを芝生のほうへ乱雑に投げ捨てる。オレンジ色の光はやがて燻って消えた。

「他人が嫌いか?」

「……嫌いも何も」

「罪滅ぼしという下らない名目の自己満足を成す道具か?」

仁はケタケタと笑った。

「罪滅ぼしなんて出来るわけないのにな!」

「……自分に役に立ちそうだから付き合った。彼女等も然り」

虚しく笑い終わった仁はまたタバコを一本箱から取り出した。

「アリストテレスか? 流行んねえぞ」

「続きがある。役に立てようと、役に立とうとしたピエロは一部の観客を笑わせることが出来たが、一部の観客を怒らせた」

「……全部を笑わせるのは無理だ」

「そう無理だ。何かを守れば何かを殺す」

「……」

「分かっていなかったわけでもあるまい?」

そう。そんなことはとっくに知っていた。喉に回る毒が、仁を一つ咳払いさせた。

「寂しかったのか?」

「……そうだね」

厭世しても人の温もりが忘れられない。つまりはそういうこと。

「妹殿はどう違う?」

「……あの子には本音が話せる」

「裏切らない?」

「多分」

「わからないのに信じるのか?」

「……寂しかったって認めただろ? もう一度信じるって決めたんだ」

しばし沈黙。仁がまたタバコを放り投げた。さっき投げたもののすぐ近くにそれは吸い寄せられるように落ちた。きっと今度は大丈夫さ。小さく頭の中で呟いた。

「あの子どう思う?」

「賢い子供だ」

内心に燃え盛る怒りを一度抑えつけ、自分の立場を理解して、或いは父の最期の願いを聞き入れ、行動する。それはとても難しいことだ。

「そうだな…… 近藤さんも人が悪い。出来のいい孝行息子じゃないか」

痛々しく笑う仁に村雲も笑ってやった。




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