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第三章 第八十八話:遺されたもの

ミルフィリアはどこか気まずそうに、坂城はどこか名残惜しそうに、奈々華はどこか勝ち誇ったように、仁は全く普段通りに。帰路はあまり会話も弾まず、他に用事があるというミルフィリアと坂城とは途中で別れて今は行きと同じく奈々華と仁の二人で学園へと歩いているのだった。

「雨強くなってきたね」

傘に当たる雨粒は徐々に大きく強くなっていた。バチバチと音を立てる。いつだって長く降る雨は小康と本降りを繰り返す。

「ミリーと何かあったのか?」

仁は天気の話しには乗らなかった。表情こそ穏やかではあるが、内心奈々華を憂いていた。彼の妹は決して人付き合いが下手糞ではないが、彼の友人に対してあまり友好的でない。今も昔も。

「別に……」

そしてそのことを問うと大概こうして茶を濁す。心持ち傘を下げた奈々華の表情は仁からは見えなかった。

「今週から先生だぞ? 仲良くしないと」

ミルフィリアは学園の教師として雇われることになった。坂城としても苦渋の決断。フロイラインの幹部を庇うような行いは即ち、国連との関係を悪化させることに繋がる。

「わかってる」

ぶすっとした声。仁は小さく鼻から息を漏らした。



相変わらず中谷の街並みは猥雑で、往来も人で賑わっていた。雨宿りをしているのか、通りに面した喫茶店には老若男女問わず多くの客がガラス張りの向こうに見えた。いつか見たブティックを右手に捉えながら、仁も奈々華も急ぐでもなく怠けるでもなく帰路を辿っていた頃だった。

「城山 仁さんだよね?」

突然背後から声をかけられた。振り返った二人の目に少年が映った。ねずみ色のパーカーを着て、フードを目深に被っている。ジーンズの裾が雨を跳ね上げて少し濃くなっていた。傘を差していなかった。

「そう…… ですけど」

仁はこの少年に心当たりはない。チラリと横目に奈々華を見ると、彼女もやはり首を横に振った。

「僕は近藤祐きんどうゆう

途端、仁は目を見開き、傘を取り落としそうになった。少年が徐にフードを持ち上げた。少女と見紛うような中性的な顔立ち。仁は声が出ない。目元が近藤と瓜二つ。間違いはない。

「父さんが手紙を遺していたんだ。城山君のところに行きなさいって」

仁の頭の中に色々な思いが錯綜する。導いて欲しいと言った近藤の最後の言葉。この少年は知らないのだろうか。その父を殺したのが、仁であるということを。知らないとすればどう接するべきなのか。知っているのなら……

「……知ってるよ」

仁の考えを先回りしたような言葉は雨音に消え入りそうに小さかった。だけど仁の耳にははっきりと聞こえた。心臓の鼓動が速くなる。目の前がちかちかする。気がつくと仁は一歩後ずさっていた。

「アンタが父さんを殺した人だって」

知っている。

「僕も大分迷ったよ」

少年、祐はふっと柔和な笑みを浮かべた。それも近藤がするのとよく似ていた。

「父さんを殺した人間の世話になるなんてね……」

まるで死霊に出くわしたように仁は硬直している。

「でも…… 父さんがそう言ったのならそれが最善なんだろうって」

「……」

「来週から中谷に通うよ。転校の手続きなんかは自分でやる。アンタは金を払ってくれればいい」

少年は柔らかい笑みをたたえたまま。いつしか仁は彼の顔から目を外せなくなっていた。

「父さんの首に懸かっていた懸賞金があるだろう?」

少年は一際大きく唇を引き上げた。そしてふっと、蝋燭の炎が消えるように笑みを消した。目に浮かぶのは激しい憎悪。仁が小さく喉仏を動かした。でもこれだけは覚えておいて。囁くように言った。

「俺はお前を絶対に許さない」

それだけを言うと、少年はゆっくりと踵を返し、雑踏の中に消えていった。


「……お兄ちゃん」

奈々華も消え入るような声だった。少年が去って丸々一分は経っていた。凍り鬼でもやっているように微動だにしない仁を気遣い、それでいてそれ以上かける言葉は奈々華にはなかった。

「大丈夫……」

仁は吐息だけでそう言った。表情の消えた顔。

「大丈夫……」

蛇足のように声に出して言った。仁が首に巻いたマフラーの後ろが雨を吸って重たくなり、毛糸の先からポタポタと水滴を垂らしているのを見て、奈々華は唇を噛んだ。





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