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第二章 第八十一話:罪を塗った刀

「私なら、アナタのパパとママを生き返らせれるよ?」

屈託なく笑った少女の顔が脳裏に浮かんだ。やめて。私は大丈夫だから。そう言えたらこんなことにはならなかった。泣き腫らした目に、彼女は天使のように映った。

「お願い! 私に出来ることなら何でもするから!」

こんな冒涜のような形で生き返る、本当に生き返っているのかもわからない父様と母様を見るくらいなら。最初からわかっていたなら…… 果たして私は断っただろうか。ただもう一度二人が生きているのを、動いているのを…… 見たいと思ったんじゃないだろうか。自分本位で愚かな私はわかっていて、同じ罪を犯したはずだ。



仁が刀を抜いた。揺れる蝋燭の灯が刀身に映え、仁の顔をも映していた。マネキン人形のように感情の見えない顔。ミルフィリアが隣で唾を飲む音が聞こえた。一歩、二歩。彼女の母親の目の間に立つ。仁はその瞳を覗き込むようにした。自分を捉えない。刀を持った闖入者を見ることはない。仁は急に虚しくなった。ああ、本当にコレは死体なんだ。屍が摂理に反して動いているだけなんだ。動物ですらない。

「彼らを斬るよ」

ミルフィリアに言った言葉。背後からは何の反応もなかった。無駄と知りながら、もう一度女性の瞳を見た。どこを見ているのかもわからない瞳のまま、カツカツと仁に歩み寄る。正確にはそうではなく、ただ与えられた生活のルーティンの軌道上に仁がいるだけ。ミルフィリアの両親に与えられた命令はただ一つ、生前の生活をしろ…… ぶつかったら止まるのだろうか。肩に手を当て、押し返せば止まるのだろうか。止まったらどうなるのだろうか。仁は小さく頭を振った。首を見据えた。浅黒い、血の気の一片も見えない人の形をした首。すっと刀を肩の上まで持ち上げた仁は、その場で器用に勢いをつけて…… 首に刀をめり込ませた。


粘土の中に指を突っ込んだような、手ごたえのない感触。ぐずぐずと沈んでいく刀。全く変わらない顔色、表情、虚ろな目。痛みも恐怖も感じない、動く死体。不意に仁は刀を持つ自分の右手に痛みを感じた。左手の指が食い込んでいる。爪を立て、抉るように皮膚を破っている。指の先から血が滴っている。腕が震えていて、それを止めるために指を突き立てたんだっけ。ぼんやりと思考の後を追って確かにそう考えたことを思い出した。女性が、急に糸の切れた操り人形のように、全身の力が抜け、ドサリと仁の体にその体がかぶさる。だらりと垂れ下がった左腕が振り子のように前後に揺れ、感情のない瞳と表情は変わらず。本当にこれで死んでしまったのか。呪いは解けたのか。彼女の外貌からはわからない。だけれど…… 仁はコレで終わったのだと思った。知っている。黒川もこうなった。首を貫かれ、鮮血を撒き散らしながら、仁の体に倒れこむ体。これで人は死ぬんだ。



縦に走った傷、彼を死なせてはくれなかった傷を、なぞっているのだろうか。水平の引っ掻き傷の上に垂直の刀傷を落とすのだ。ズブズブと底のない沼に片足を突っ込むように、皮膚を抉り進む刀身は鏡のように冷たい。左腕で刺した。豆腐のように柔らかい、きっと筋肉もほとんど落ちているのだろう、肉を断つには片手で事足りた。左腕も震えたら、今度は右手で抉ってやろう。そう思った。震えなかった。代わりに奥歯がギチリと鳴って、歯を食いしばっていることに初めて気付いた。男性は落ち窪んだ瞳を鈍く仁に向けた。きっと本来なら女性が近づいてくるタイミングなのだろう。そしてガクンと首を落として、動かなくなった。ゼンマイの力が消えたオモチャのように沈黙する。知っている。近藤もこうなった。心臓を貫かれ、急に事切れて死ぬんだ。これで人は死ぬんだ。



「……終わったのですか?」

女性を男性の隣に座らせながら、仁はミルフィリアの震える声を聞いていた。わずかに仁の首が縦に揺れたように見えた。部屋の入り口で立ち尽くしていたミルフィリアが一歩、また一歩と両親の亡骸に近づく。仁の隣まで来て止まる。左腕が小刻みに震えているのを、仁は俯いたままの瞳で流し目に確認した。父様、母様、と短く喉が震えた。

「辛いときは泣いたほうがいい」

欺瞞のような言葉が仁の口を動かした。

「……私に涙を流す資格があるでしょうか?」

「独善的でもいいんじゃないか?」

仁の返答は何でもよかったのかもしれない。ミルフィリアは弾かれたように体を横に向けると、仁に抱きついて大声を上げ始めた。屋敷中に響き渡る慟哭を耳に、両親を即物的な意味で殺した相手に抱きついて泣きじゃくる少女を、仁は羽虫でも見るような目で見下ろしていた。

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