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第二章 第七十七話:ムーンライト

父は商才に富んだ人だった。男性にしては口数の多いほうで、少し女性らしい面も持っていたと今になって分析している。無類のゴルフ好きで、ミルフィリアにも幼い頃から習わせていたのだが、ちょっとクラブの芯にボールが当たっただけで、やれ天才だ、将来はプロだと無邪気に囃したのをよく覚えている。当時のミルフィリアにはプロだ何だとはよく分かっていなかったが、父が満面の笑みをたたえて、自分の頭を撫でるので必死になって練習した。父が大好きだった。

母はどちらかと言うと、父ほど甘くはなく、叱るべき所はキチンと叱ってミルフィリアを育てた。習い事の稽古をサボった彼女に、父はしょうがないなと肩をすくめるだけだったが、母はいつも烈火の如く叱った。だが、怖いと思ったことはあったが、嫌いだと思ったことはなかった。母は厳しい面ばかりではなく、母親らしい優しい面も同時に持っていた。ミルフィリアに時折アップルパイを焼いてやった。とても甘くて美味しいその味をミルフィリアは今も舌の上に思い出すことが出来る。美味しいと喜ぶと決まって母はミルフィリアの頬に手を添えて、頭の天辺にキスをした。それがとても好きだった。母が大好きだった。

ミルフィリアが七歳になった年、父は知人に借金の保証人を頼まれ、断りきれず請合ってしまった。その年のうちに、高坂家はその財産の半分を失い、生活水準は一気に下がった。知人は雲隠れしてしまいその借金を結局全て肩代わりすることになったのだ。父は落ち込んだ。母はそれを必死に慰めていた。アナタが悪いんじゃないわよ、仕方のないことだったのよ。普段父の悪癖を事細かに注意していた母は父の失態を一言も責めず、ただ慰めに言葉を尽くしていた。父の書斎。椅子に座る彼の背を優しく撫でながら、自分にするように頭にキスをしてやる母を見た。ミルフィリアも必死に父を慰めた。母を気遣った。子供心に生活が変わったことで両親が自分に申し訳ないと思っていることぐらい分かった。私は何でもないよ。お父様は困っている人を助けただけでしょ? 私はお父様とお母様が居てくれたら大丈夫だから…… 嘘偽りなど何もない。紛れもない本心だった。ミルフィリアはこの世界一の両親が傍にいてくれたらもう他に何も要らなかった。


父も母も優しくミルフィリアを抱きしめた。柔らかい二人の抱擁を、ミルフィリアは今もその胸に思い出すことが出来る。



「こんばんは」

人の気配を感じて、ミルフィリアは追憶の彼方から自分を引き戻した。気配の主は彼女を断罪の俎上に上がらせてくれるかも知れない人物。細い目が特徴的で、近藤との一戦からやや短く整えた黒髪が月光を受けても燻るように光らない。

「いい月だね」

仁も隣人に挨拶するよう。枯れた芝生を踏みしめ、ゆっくりと彼女の立つ場所に近づき、数歩手前で止まった。後ろからついて来た少女に、先に帰ってなさいと振り返らずに言う。少女は数瞬固まっていたが、やがてコクンと首肯して校舎の中へ消えて行った。

「……今日こそ大岩破壊させていただきます」

ミルフィリアはそれだけを告げて、いつか見た全魚人を木の陰から呼び寄せる。ズリュズリュと巨大な芋虫が這うようなおぞましい音質は、月光が映える晩秋の中庭にはいささか不釣合いだった。

「……そうはさせないさ」

仁も特別真剣な面持ちを作った。手元に呼び寄せた村雲と静をちらと見やり、いつもの相棒を鞘から引き抜いた。すぐさま降り注ぐ曇りなき月明かりを受けて、鋭く刃が光る。


ミルフィリアは再び中谷精霊魔術学園に降り立った。

フロイラインが青の幹部、ミルフィリア・A・高坂として……


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