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第二章 第七十六話:唯一

俺が悪いんじゃない。悪いのは平内涼子だ……

予防線を張っているんだ。

でもそうじゃないか。元は死人だった人を蘇らせて、命を弄んで……

俺はそれを元に、自然に帰すだけだ。それを望まれているんだ。

俺が悪いんじゃない。罪じゃない。



誕生日プレゼントをどうせなら奈々華に自分で選んでもらおうと、ホテルの近くに立ち並ぶ高級ブティックに入ろうとしたのだが、奈々華は自身の気疲れからか、以前も立ち寄った中谷通りの店に行きたいと言った。仁も断る理由がなく、ただひたすら行きも来た道を引き返していく。午後九時にさしかかろうとする繁華街の大通りは相変わらず祭りでもあるのかというほどの人混み。

「ねえ、無理してない?」

奈々華が雑踏の中でも掻き消えない声で隣を歩く仁を気遣う。

「大丈夫だよ。ちょっと兄妹で行くには洒落すぎてたけど……」

通りに猥雑な雑居ビルが並び始めた。こちらのほうが庶民らしくて、奈々華も仁も口には出さないが緊張がほぐれているようだ。風俗店や消費者金融のデカデカしたネオンを見やりながら仁は自分の横顔に奈々華の視線を感じていた。

「……そうじゃなくて」

ちょうど喫煙スペースを見つけ、仁は奈々華に手で止まれと合図する。懐からタバコの箱を出しながら白いテープで区切られた半径一メートルもない区画へ身を寄せる。スタンド灰皿の前に陣取っていた中年の男性が僅かに眉を寄せて半歩横にずれた。

「そうじゃなくて、黒の禁忌のこと」

婉曲もなく。テープの切れ目に立って、タバコに火を点ける仁を見つめる。

「……」

仁は白いフィルターを八重歯の辺りで咥えたきり、奈々華から目線を切った。男性が気を遣ったわけではないだろうが、まだ長いタバコを鉄の灰落としの間を潜らせて立ち去っていく。ジュッと短く、水の入った灰皿の中から炎の消える音がした。

「本当は嫌なんじゃない?」

タバコをつまむようにして手に移した仁は、情けなく笑った。

「嫌だよ。いくら死んだ人とは言え、人の形をしたモノを斬るなんてやだよ」

子供みたいに話す仁の顔は、しかし大人だった。受け入れた者の顔。抗うことをやめた者の顔。

「だけど、俺しか出来ないんだから…… 仕方ないだろ?」

奈々華は泣き出しそうな顔を一瞬して、ぽつぽつと空いたスペースに歩んでいく。仁が指でタバコの背をポンと弾く。灰の塊は僅かに吹いていた風に乗って、アスファルトの上を転がっていった。

「前から聞こうと思ってたんだけどさ」

「……」

「どうして他人のために動くの?」

他人。自分とは関係のないもの。どうなってもいいもの。

「……」

「私も他人なの?」

「違う」

仁は反駁した。噛み付いてやっとそれ以上に繋いでやる言葉が追いついていないことに気付いた。

「お前は…… 違う」

身内。自分と深く関わるもの。幸せになって欲しいもの。

「……そう」

両者の違いはひどく不鮮明で、境界は不可視かのように曖昧。仁の場合は。

「誰かと繋がっていたいんだと思う。裏切られても、傷つけられても……」

一人でいた三年間。孤独を胸に未来を描かず、過去に苛まれ、現在をやり過ごす日々。仁がつまんでいたタバコを灰皿に投げ入れる。

「感謝されなくても、疎まれても……」

「じゃあやっぱり私も……」

過去に裏切り、傷つけた奈々華も。言いかけた奈々華を、苦痛を噛み殺すように唇を白い歯で押し潰そうとした奈々華を、仁は腕を引っ張り、無理矢理に抱きしめた。強く強く、崖から落ちかけた者が偶然手にかかった木の幹にしがみつくように。

「……そうじゃないだろ」

耳元で。声と言うより、息を漏らしたような。

「お前はもう俺を裏切らない。傷つけない。愛してくれる。最初から疎んでなんかいなかった」

そうだろ。引きずられるように抱きすくめられていた奈々華が、一歩二歩体勢を整えて、仁の背に腕を回した。奈落へ墜ちる者を救いとめるように。

「うん…… 神に誓って」

アナタと共にいます。誰に恨まれようと、誰に疎まれようと。例え世界中を敵に回しても。

「お前は、お前だけは違うんだ。ようやくわかったんだ」

やっと繋ぎとめることが出来た。

「俺が他人にするのは単なる自己満足の罪滅ぼしでしかないのかも知れない。何も期待しちゃいない。だけどお前を助けたいと、優しくしてやりたいと思うのは俺の紛れもない本心なんだ」

仮に択一を迫られたら、迷うことなく他人ではなく、この子を助ける。

「その代わり求めるよ……」

それで俺が汚れても、それで俺が苛まれても…… この子が戻してくれる。この子が癒してくれる。何度でも何度でも。

「……うん」

「お前だけは俺の味方であってくれ」

祈るように閉じられた瞼を、奈々華はじっと見つめていた。

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