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第二章 第七十五話:かわいい人

中谷通りをずっと進んでいくと、大きな三叉路があり、左手に行くと中谷西なかやにし、右に行くと本中谷もとなかやと呼ばれる地域に出るらしい。その分岐点を更に真っ直ぐ進むと目的の京禮きょうらいプラザホテルが見えてきた。京禮電鉄が親会社という五十階建ての高級感漂う巨大な建造物は築二十年ほど経つらしいが、その年季は逆に貫禄に昇華し、高層ビル群に負けない堂々とした様で聳えていた。ホテルがある一帯はレンガを敷き詰めた歩道に、明治を思わせるようなレトロな街灯が立ち並ぶやや気取った印象のある都市計画。

「何か場違いじゃない?」

奈々華はキョロキョロと辺りを見回しながら、自分の服装や居ずまいを正していた。通行人でさえ、高そうなスーツを着た大人が大半を占める。気にするなと優しく笑んだ仁の顔もやや強張っている。

正面入り口から堂々と入って行くと、ホテルのロビーが二人を迎える。荘厳なシャンデリアが天井にぶら下がって黄金色の光を撒き散らし、大理石の床や壁がそれを反射している。キラキラと金粉でもばらまいたよう。ロビーの向こうには食事を提供する店がいくつも軒を連ねている。高級レストランと言うほどの排他的な印象を受けない、かと言って街の定食屋ほどの気軽さはないが、一部のセレブ以外はおいそれと足を踏み入れることが出来ないと思っていた奈々華は存外大丈夫かもしれないと胸を撫で下ろした。今日びのこういったホテルは新たな経営戦略として、一般人にも門戸を開いているケースも多い。仁は迷うことなく、ロビーの右手に位置する、これまた装飾過多のエレベーターに近づいていく。奈々華が慌ててそれについて行った。上三角が付いたボタンを押すと三基あるエレベーターの全てのボタンが光り、一番左の扉の上部がピコンと鳴った。


仁が予約を入れた店は和風然とした門構えで、暖簾が掛かった入り口の傍には簡易なししおどしが置かれている。軽石を敷き詰めた小さな庭園をイメージして作られているようで、本物か偽者かは判断付かないが奈々華の身長に届きそうな竹も数本植えられていた。

引き戸を開けると、紺色のスーツで身を固めた壮年の男性が二人を迎える。お前達のようなガキに振りまく愛想など持ち合わせないと言った憮然とした態度で迎えられるんじゃないかと内心どきどきしていた奈々華だったが、そういうことはなかった。

「いらっしゃいませ」

男性は微笑をたたえて、折り目正しくお辞儀をする。

「えっと、七時半に予約を入れていた城山なんですが……」

はいと答えた男性は、半分仁たちを向き直ったまま廊下を進んでいく。奈々華にはよくわからないが、床からも木の良い匂いがしたからきっと高級木材だと思った。

座敷に通された奈々華はやはり新しいい草の香りを嗅いでいた。上着を脱ぐと、案内をしてくれた男性がすぐさま預かり、ハンガーにかけてくれてまた恐縮する。仁も同じように上着を取られて、すいませんと小さく声をかけていた。

「後ほどまたお伺い致します」

メニューを置いて障子を閉じて男性が見えなくなると、二人はようやく人心地ついた。


「緊張するね」

奈々華は畳の上に足を伸ばそうとして、やはりキョロキョロしてやめた。座布団までも良質な肌触りで少しふわふわした心地になる。

「……客なんだから堂々としてりゃいいんだよ」

そう言った仁が落ち着きなく腕を組んだり、シャツを捲って組みなおしたりしているのを見て、奈々華はおかしくなった。兄のこういうところも好きだった。強がってみせても態度ですぐにわかってしまう。

「何だよ? 笑うなよ」

ごめんごめん、と逃げるようにメニューに目を落として、またクスリと口元を緩める。仁はへそを曲げたのか、少し片頬を膨らます。


「ねえ、お兄ちゃん?」

仁はそっぽを向いてしまっている。頼りない兄だと馬鹿にされていると思っているのだろうか。だったらそんなことはないよ。心の中でそう呟いて……

「ありがとう」

もっと伝えたい言葉を口にした。



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