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第二章 第七十四話:抗えぬ黒

坂城は今日は教鞭をとることはなかった。もっと言えば本来の彼女の仕事である事務作業、と彼女は言って憚らないが実際は役所へ提出する権利関係に類するものや生徒からの要望等々彼女でしか処理出来ないものなのだが、すらも手につかなかった。予定には彼女が教える授業もあったはずだが、本分がこれでは傍流は言わずもがな。無理矢理社に押し付けて自室でただ漫然と一日を過ごした。部屋に居るのは彼女のほかに、もう一人お目付け役の職務すら忘れて昨日の話を坂城から聞いて深い思考の海へと同じようにして沈む木室がいた。

「……彼はアレを解法と言ったよ」

「……」

「中谷の名を冠する学園の責任者として、私もあの本は読んだ。背筋の凍る思いでな」

「ええ」

木室も一度目を通したことがある。というより有名な本だった。中谷の足跡を辿る唯一の資料と言ってもいい。ちなみに全集とあったが、全二部しかなく、一部は彼の戦場での功績及び非道、二部は彼の手記をまとめたものだ。

「そんなことは書かれちゃいない。私はただおぞましく、狂人が猛り狂って刃を振り乱す様子が描かれているだけにしか読み解けなかった」

<私>は全人類と置き換えてもいい。今まで彼のその部分の、即ち死兵を屠るシーンについて明確な説明を見出した人間は誰一人いない。中谷研究の第一人者とされるアメリカの有名な学者ですら、彼はこのとき既に正気を保てていなかったなどと小学生でも思うような見解を示すだけ。

「彼はそれを見て、読んで、すぐに何の迷いもなく、これこそが死者操術の解法だと言った…… 中谷の真意を読み取った」

そこまで言って、坂城はどうしようもなく、ぶるりと震え、体を抱いた。

「ええ」

「私も最初は解法が分かったと喜んでいたが、彼の手にある本を見て、奈々華と一緒に楽しそうにページを繰る彼を見ているうちに怖くなった…… 彼は、彼らはアレを見ても何も感じなかったんだろうか?」

そこまで言って、坂城は慌ててバツが悪そうに口を閉じた。無理言って従姉妹を助けてもらおうと言うのに、どの口が彼らへ苦言を並べるのか、と。

「……仁さんが示した見解は正しいと思いましたよ。どうしてその考えすら浮かばなかったのかと思ったくらいです」

そんな坂城の揺れる感情の機微に触れることなく、冷静に話す。

「そうだな。私もそう思う」

自分へのさり気ない気遣いを感じ、老練の魔術師、乳母と呼んでもいい気の置けない目付けに心の中で礼を言いながら坂城は同意を重ねた。

「黒の精霊魔術師ですか……」

コツコツとパンプスで床を踏み鳴らしながら、木室はそんな言葉を紡いだ。



奈々華はカレンダーに堂々と赤いペンで丸をつけておきながら、さも今気付いたかのような顔で仁を見上げた。喜色に染まった顔は年齢以上に幼く見える。

「いいの!?」

「……いいも悪いも誕生日だろう?」

仁は仁王立ちのまま、カレンダーに一瞥くれ、自分を見上げるクリクリとした可愛らしい瞳をもう一度見据えて言う。そう、十一月四日は奈々華の誕生日だった。

「でもでも、こっちの世界ではだよ? 向こうは春だし」

仁たちがこちらの世界に来るとき、あちら側は、古風な家の二階からは鯉のぼりが泳いでいるのが見えるような頃合だった。

「構わないよ。俺達は今こっちで生きてるんだしね」

それだけ言うと、奈々華の向かい、コタツ布団を捲って足を突っ込む。背を丸めて少し寂しそうに笑った。

「それに…… この三年、お前の誕生日をちゃんと祝ってやらなかったからな」

奈々華はそれを見てそっと笑った。

「……全部持ってる」

そう答えて、自分のジーンズのポケットから淡いピンクのハンカチを取り出して仁に見せる。二年前の誕生日プレゼント。サンタクロースがするように部屋の前に置かれた包装、開けると中から出てきたもの。仁との距離を感じ、それでも自分の誕生日を覚えていてくれたことへの感謝。ポツリと廊下に置かれたそれを拾い上げた虚しさ、それでも自分を思っていてくれる兄の心。悲しさと嬉しさの記憶を辿り、奈々華は今をとても愛おしく思った。

「……今日は外食にしよう」

仁は決まり悪そうに頬を掻きながらそう言った。



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