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第二章 第七十三話:天和君

簡単なことじゃないか。術者である平内涼子が傍にいて命令をしなければ、相手はろくに反撃してくることもないだろう。居たとしても武術を修めているわけでもなし。殺すことは物理的には簡単だ。物理的には……


「こんなんどうだろう?」

仁は翌日の放課後、新聞部の部室に奈々華と二人で来ていた。終業の鐘が鳴るやいなや仁たちの教室にやって来た行方に、校内新聞のわきに載せる連載漫画のアイデアを出してくれと頼まれたのだった。

「どれどれ?」

仁が書いた文章を読むうちに行方の表情はやや引き攣ったものから、怒り、呆れへと目まぐるしく変化していった。

「……アンタ、どこまで馬鹿なら気がすむのよ?」

「ダメか? 天和君てんほうくん。良いアイデアだと思うんだが」

仁の考えた話は、人生で五度も天和という役満、麻雀における最高打点のアガリ、を経験しているという五十六歳の主人公、天和君。この豪運オジサンがひたすら麻雀やパチンコ、競馬に明け暮れて、最後には万馬券を当てるまでを描いたサクセスストーリーだ。

「ダメに決まってんでしょ? 第一天和君って歳でもないし」

行方が出したお題は同年代、即ち小学生は仕方ないにして、中学生から高校生ぐらいが読んで楽しめるもの。

「しかもどこらへんがサクセスしてるの? お金は手に入れたかも知れないけど、この人この歳で独身の無職って……」

「何言ってんだ、世の中金が全てだろうが」

平然と言ってのける仁に、行方は不快もあらわ。腕を組んで客を見下ろしている。新聞部も含め、生徒達の部活動にあてがわれる部屋は学園の校舎内にはスペースを置かず、以前はぐれ精霊狩りで訪れた裏庭の先にある森を更に奥へと進んだところに、ほぼログハウスの体である。仁の知るものでキャンプ場と言って差し支えない。一つの部活につき一軒家ほどの敷地を有するのはさすがと言うべきか。そういったログハウスが十か十五かある。新聞部の巣は中も広々、聞くところによると行方一人しか部員がおらず、何故存続しているのかと校内でも憶測が飛び交っている、ロッキングチェアーに丸テーブル、勉強机と設備も充実。全て丸太を切り出しただけの建物に合わせて木製のものを用意している。

「もういいわ。奈々華ちゃんは……」

行方は奈々華をちゃん付けで呼んだ。自分があまり奈々華に好印象を持たれていないことを自覚しているのだろう。案の定テーブルの近くに座ったきり、会話に参加するでもなく、漫画の案を練るでもなく漫ろにペンをいじっていた奈々華が感情のこもらない目を行方に上げる。

「別にいいんじゃないですか? 天和君で」

「さっすが俺の妹。話がわかるね、奈々華!」

途端に顔をくしゃっとして笑う。机に座る仁も嬉しそうに相好を崩して答える。そんな二人を見て、行方は諦めたような顔で曖昧な笑みを浮かべる。

「……何ならエッセイでも書いてくれないかしら?」

行方は何の気なしに言ったようだった。それがまずかった。奈々華が急速にその顔から熱を引かせていく。心なしか目も据わっているように見える。まずいな、という目で仁がそれを見ている。

「お兄ちゃんをこれ以上パンダにするって言うんなら、私あなたのこと許しません」

「奈々華」

「新聞の件だって私まだ納得したわけじゃないですから」

静かに吐き出される言葉達にはどうしようもなく棘があり、御しきれない怒りをどうにか御している、いつ爆発してもおかしくないような不安定を感じさせた。兄を傷つける者は例え兄が許しても奈々華の敵。優しい兄に変わって嫌われ役を買って出るのは、身上であり本望である。やがて行方は顔を緊張させ、仁は困ったように二人を見比べて、何も話さなくなった。どうしようもなく気まずい空気が部屋を支配していく。


「お兄ちゃん、帰ろう?」

何事もなかったかのように笑いかける奈々華に、やれやれといった顔で仁も椅子から立ち上がる。そのまま奈々華は行方には目もくれず、ログハウスの戸を開ける。部屋を出るとき仁が振り返って、申し訳なさそうな顔で口だけ動かして「ごめん」と言った。冷たい空気が室内に吹き込み、行方は思い出したかのように身震いした。

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