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第二章 第七十一話:彼等の本 

膨大な量の書物が保管されているようで、階段の一番下、いよいよ本題の書庫に入った瞬間、紙とカビが醸成する形容しがたい独特の匂いが鼻腔を満たし、仁も奈々華も一様に眉根を寄せた。やはり入ってすぐの壁に蛍光灯のスイッチがあり、坂城が押すと部屋は白い光に包まれた。壮観。ずらりと縦十列はあろう本棚の側面がこちらを向いており、通路を押し潰さん勢いで向かい合っている。本棚の向こう端は入り口からではよく見えない。その本棚には一片の隙間なく本が詰まっている。

「……しょうがないな。他の方法を探そう」

「しょうがないのは君の頭だ。手分けして目ぼしい書物を拾い上げるぞ」

一歩もその場から動くことなく諦めた仁に容赦のない坂城の返し。仁は口を半開きにして白目を向いて見せるが全く意味はない。

「本気で言っているのか?」

「……私はミリーを助けたい。彼女が苦しんでいるのなら手を差し伸べてやりたい。私は一人でもやるぞ」

坂城の目に迷いはない。仁からの報告を終始冷静に聞いていた彼女は内心では心を激しく乱されていたのだ。姉のように慕っていた人間が助けを乞うている。おじさんとおばさんが生なき傀儡として今も……

「悪かったよ。ちょっと言ってみただけだ。俺も奈々華も手伝うよ」

なあ、と未だ手を握る妹に語りかける。逃げ口上に何の躊躇いもなく妹を巻き込むのだから、坂城としてももう何も言えない。その被害者も笑ってうん! と元気よく返事をするのだから始末に終えない。兄が一緒なら何でもいいようだ。



「効率が悪いな…… 離れて探したらどうだ?」

そう言う坂城も仁と奈々華がいる書棚の反対側を漁っている。仁の手に取った書物を覗き込むだけの奈々華よりはまだ働いているのだが。三人がかりで一つの通路に面した二つの棚を、反対法案の投票に向かう政治家よろしく、ちまちま探っていくという作業。

「でも、お兄ちゃんが寂しくて死んじゃうって言うから……」

「君はキツネのような顔をして、実はウサギなのか?」

坂城のよくわからない質問に仁が鬱陶しそうに否定を紡ぐ。紡いだところで奈々華が意地悪く笑った。

「あれえ? 最初に手を繋いできたのはお兄ちゃんの方じゃん?」

それを言われると仁は何も言えなくなる。こんなことならシャルロットの口車になんて乗らなければよかったと片頬を膨らます。だけど、奈々華がそれを人差し指で突きながら嬉しそうに笑っているのを見れば、まあいいかという気持ちにもなった。

「……君たち何かあったのか?」

坂城の疑問はもっとも。昨日までとは少し二人の様子は違う。いつも奈々華の顔色を窺うように、時折それに疲れたような顔をした仁。いつも仁の顔色を窺うように、時折それを悲しんでいるような顔をした奈々華。そんな二人は今日はいない。お互いまだまだぎこちなさはあるようだが、互いが互いをより慈しむような雰囲気があった。

「別に?」

奈々華の声にはどこか優越感と愉悦があった。仁がまた一つ手に取った本の頁に、必要以上に顔を寄せる。ぱらぱらと繰る仁もそれを気にした風でもなく、載ってないねと棚に戻した。まるで一つの絵本を二人で見る小さな子供のように微笑ましい。だが実際は大学生の兄と高校生の妹。少し行き過ぎた仲の良さにも見えて、坂城は僅かに口を尖らせる。


書物の森の二列目に入ったところで、仁がこれだ! と大きな声を出した。黒い表紙の本を高々と掲げる仁は鬼の首でも取ったよう。味気なく黒一色で統一されたその本には<中谷慎二 全集1>と題うたれている。年甲斐もなくはしゃぐ仁は奈々華を引き連れて、通路を奥に駆けていく。本棚が立ち並ぶその先には閲覧者用に椅子とテーブルが置かれている。坂城も半信半疑それを追いかけて走らされる。

「本当に載っているのか?」

坂城がそのスペースに着いた頃には、既に二人は、やはり仲睦まじく、隣り合って座り、お互いに身を乗り出して本のページをああでもない、こうでもないと突ついている。妙な疎外感が胸に去来する。坂城は埃にまみれた対面の椅子の座部を手で払って座ると、自分もまた身を乗り出して二人が見ているものを見ようとする。

「ああ、ばっちりだ!」

親指を突き立て、仁が空いた手で本の上部を持ち坂城の顔の前に突き出す。そこには中谷が実際に使った死者操術の禁忌と、その頃は当然禁忌として指定されていたわけではないが、その解呪の記録が載っているようだった。


三人はそれを時間が経つのも忘れて、時にメモを取り、時に意見を交わしながら読み進める。坂城の顔に久しぶりに笑顔が戻って、仁はそのことにも安堵した。



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