序章 第七話:熱
大変だったね、と奈々華が呟いた。現在奈々華と兄の仁は自室へと戻っていた。
「……君はあんまり、この刀好きじゃないみたいだね」
仁は、腰から壁際に立てかけられた日本刀を見つめながら言った。相変わらずあまり手に取りたい雰囲気のモノではない。鬼が宿る刀。奈々華もその刀に視線を合わせ、すぐに逸らした。
二人はテーブルに向かって互いに顔が見える位置に座っている。
異世界への召還、精霊との契約、色んなことが立て続けに起こって、やっと人心地つける状態のはずではあったのだが……
「好きとか、嫌いとかじゃなくて…… その」
奈々華は煮え切らない表情で、手元に抱いた猫、シャルロットの首のあたりを撫でた。
「気味の悪い刀だね。あたしはあんまり好かないよ」
その猫が首を伸ばし、テーブルの向こうから仁を覗いたかと思うと、ばっさりと斬って捨てる。どうもシャルロットは、ずばずばと物を言うタイプらしい。仁は猫に苦笑を返した。
「でも…… 精霊って何なんだろう?」
奈々華の素朴な疑問。
「何もクソも、あたし達から言わせれば、あんた達人間て何なんだろうって質問と同じくらい、答えられるもんでもないよ」
シャルロットのもっともな返答。仁は我関せずといった顔で立ち上がる。観音開きの出窓を開け放つと、懐からタバコとライターを取り出した。
「なんだいアレ…… 感じ悪いね」
ジッポライターの石を擦る音が返ってきただけだった。
「動物裁判って知ってるかい?」
タバコも半分ほど消化した頃、仁が突然口を開いた。もう話は終わってしまったと思っていた奈々華は、驚いて仁の背中を見つめた。
「中世のキリスト世界ではさ…… 動物にも責任能力を負わしていたんだよ」
タバコをまた一口、不味そうに顔を顰めた。
「実際に有罪判決が出た豚とかさ」
「そうなんだ……」
奈々華には仁が言わんとしていることがさっぱり見当もつかなかったが、会話を止めたくないというように、縋るような表情で相槌を打った。
「ひょっとしたら…… 昔はいたのかもね。喋る動物とか」
奈々華はここまで聞いて、やっと得心がいった。小さく頷いて、そうかもと返した。
そんな世界が、多様な進化を遂げた動物が、時には人語を理解する動物がいる世界。つまりは仁たちから見たこの異世界の更に異世界から、そういった動物を召還しているのではないか。それらを精霊と呼んでいるのではないか。仁はそう言いたいのだ。
「きっとそうだよ!」
奈々華は嬉しかった。仁は自分との会話を拒んでいたのではなく、考えを整理して、言葉を選んでいただけだったのだ。そう思うと、知らず声が弾んだ。タバコを桟に擦り付けて消した仁が振り返る。
「まだわかんないよ…… あくまで仮説だ」
嬉しそうに笑う妹の顔を見て、仁は髪に手櫛を入れながら苦笑していた。
「お兄ちゃんがそう言うなら…… きっとそうだよ」
短絡的、の一言で片付けるには奈々華の目は少し熱を帯びすぎていた。