第二章 第六十七話:事情
「どうするんすか? 旦那」
のんびりと頭を整理するように歩く仁は、それを遮る声に不快な溜息を吐いてやった。
「街中で話しかけんなって…… そうか、お前にはまだ注意したことなかったな」
「ああ、変なヤツと思われるからっすか?」
そいつはすみません、と仁の腰にぶら下がる青い刀が謝る。
「……まあ次からは気をつけてくれよ。あとしつこいようだけど、その下っ端丸出しの喋り方もどうにかならんのか?」
静は契約時こそ慇懃に格式ばった口調で話したが、どうやら本来はこういう喋り方なのだと仁もわかってきていた。わかって妙に感に触ることにも気付いていた。馬鹿みたいにへりくだれとは言わないが、もう少しマシな喋り方をして欲しい。いっそタメ口にしてくれと言ったら、それはマズイっすよぉとのこと。
「で、どうするんすか?」
こういう態度も拍車をかけた。あいつは口先だけだ、とは村雲の言。人通りもまばらになる丘の手前に差し掛かり、仁は諦めたように性質の悪い新入りに口を開く。
「どうするも、こうするも、取り敢えず坂城に話してみるしかないだろ」
自分ひとりで決めるには、少し難しい。仁はついさっき聞いたミルフィリアの事情を思い返した。
黒の禁忌。死者操術。
仁の世界でも空想やオカルトの世界でネクロマンサーなんて輩は耳馴染みがある。そういった類。
ミルフィリアの両親は坂城の両親とほぼ時を同じくして、この世を去った。旅客機の墜落事故。彼女は生きる希望を、生きる術を失った。両親にもう一度会いたい。両親に生きていて欲しい。ただその思いでその禁忌に手を染めた。淡々とした彼女の語り口からは、その絶望も苦痛も押し隠されて精確に知ることは出来なかったけれど、もっと言えば彼女本人にしかそれらを完全に理解することは出来ないだろうけど、時折震える華奢な指先を仁はただじっと見つめていた。
平内涼子。そんな彼女に黒の禁忌を持ちかけた張本人。幸い損傷の少なかった遺体を見てこう甘言を囁いた。
「私なら、アナタの両親を生き返らせることが出来る」
弱った精神状態、どんな形でもいいから両親にただもう一度…… ミルフィリアに断る術はなかった。
蘇った両親は、死体だった。意思を持たない、術者に言われた通りに動く物。動物。
彼女を抱きしめることはなかった。彼女に優しい言葉をかけることはなかった。ミリー、と愛称を呼ぶことはなかった。彼女を娘と認識することはなかった。
そこまで言って、彼女は唇をこれでもかと引き結んだ。両手を力一杯握り締めた。その弱弱しい指が折れてしまうんじゃないかと仁は恐る恐るそれを見ていた。
「私が間違っていたんです……」
かける言葉はなかった。
「そして今も私は間違いを繰り返そうとしている」
黒の魔術で呪われた両親を、黒の魔術で解放する。黒魔術師にしか出来ない。それが彼女の望みだった。彼女は言った。
「自分が望んで蘇らせたくせに、自分の知る両親じゃないから殺すんです」
自分勝手なんだろうか。少なくとも彼女はそう思っている。
「涼子は本当に良かれと思ってやってくれたんです。あの子にはもう……」
平内涼子を憎んでいるわけではないと強調した。全ての色に適性を持つ、<神の子>とまで称される天才にはわからかったのだと言う。両親の愛情を受けずに育ってしまったあの子にはわからないのだと。そして本当に罪深きは自分だと。そんなことにも気が回せず、ただ自分の幼さと弱さが招いた結果だと。
「だから殺すんです」
彼女は間違いだと言い切った。自分本位に両親の命を弄ぶ行為だと。だから呪いから、禁忌から解き放つと言う、言葉は使ってはいけないのだと彼女は自己暗示しているようだった。