序章 第六話:刀鬼
「村雲守兼家 細の太刀」
鬼が想像外に流暢な日本語で呟いた。と言っても三メートルはゆうに越えるであろう体の天辺、口の動きから判断出来たわけではなく、野太い、この場に居る誰のものでもない声から推察しただけ。
「刀鬼…… ですね」
解説を入れた木室の声は少し震えている。
「トウキ?」
登記、投棄、冬季…… 仁は思案顔で聞き返した。
「刀に宿る鬼のことです。宿る刀は全て、世間一般では妖刀と呼ばれる部類のものだと……」
「妖刀……」
「ええ、特に村雲守と言えば…持つ者を狂気に至らしめると言われる妖刀中の妖刀」
木室はそこまで言うと、あごに手を当て、まさかこんなとか、あの方に報告しなければとか、ぶつぶつと呟いている。
「お兄ちゃん……」
奈々華が不安そうな顔をするのも無理はない。妖刀、しかもかなりいわくつきのもの。心配ないよと、仁は笑って見せた。
「主よ…… 我と契約なされ」
鬼が巨体を動かし、片膝を立ててその場に跪く。そしてそのまま仁に向かって首を垂れた。
「契約?」
「そう、契約」
仁はその闇の眷属の巨体を見下ろしていた。奈々華が息を飲む。
「どうすればいいんだ?」
「我にこの世界に存在する証としての名を…」
木室もかろうじて頷いた。どうやら精霊との契約は、契約主が精霊に名をつけることで成立するらしい。
「そうだな…… 村雲とかでいいんじゃないの?」
「村雲…… 我の名は村雲。それで主との契約は満たされる」
そう言った瞬間、鬼の体が霧のような黒い闇に包まれた。
その霧が晴れると、芝生の上に仁の腰ほどまであろうかという太刀が落ちていた。
黒い柄に黒い鞘。尋常ならざる空気を纏っている。
仁はその刀に何も感じないのか、ひょいと持ち上げると鞘に仕舞ったまま一、二度それを振るう。ぶんぶんと大きな音を立てる刀は、まるで禍々しい声で鳴いているかのように奈々華には思えた。
「ふうん、結構使い易そう」
特に感慨もなく、仁はその刀をズボンのベルトに引っ掛けた。
木室の説明は以下のようなものだった。
精霊は六つの属性に分類される。それぞれ召還時に光る岩の色で判断する。また最初に呼応した精霊の属性はそのまま、その精霊魔術師の主属性となる。
赤…炎を司る。尽きせぬ情熱を持つ者。偏執と憤怒。
青…水を司る。常に冷静な心を持つ者。強かさと理性。
緑…風を司る。飄々として掴みどころのない者。自我と応変。
黄…雷を司る。穏やかな心に鋭い何かを持つ者。厭世と達観。
白…光を司る。常に希望を絶やさぬ者。慈愛と自愛。
黒…闇を司る。欺瞞と憎悪の中に生きる者。カリスマと暴力。
下に行くほど、珍しい。つまり相性が合致する者が少なく、黒魔術師は現在世界に一人もいないそうだ。
何はともあれ、仁と奈々華の精霊召還及び契約は終了し、奈々華は件の猫に<シャルロット>と名付けた、解散とあいなった。