第二章 第五十七話:黒の資質
二度目では木室も苦笑いしか浮かばなかった。苦笑いの後、自分の役割を果たした。
「村雲守兼家が作、静の太刀」
またもや、黒の特殊精霊。刀に宿る鬼。刀鬼ということだった。足元に跪く巨漢に、仁は半ば呆れたように一瞥くれると、木室に恨みがましい目を向ける。
「……こん中、鬼しか入ってないんじゃないですか?」
木室は苦笑を濃くして、後ろ手に組んだ指をグッパグッパしていた。
「中とかないですから……」
「俺も手から魔法とか出したいんですけど?」
命名をせっつく刀鬼に、村雲に村雲と付けたものだから何としようかと思い悩みながらも不平を連ねる。彼は文句を言うときは器用だった。
「……伝承でしかないですけど、出せる筈ですよ」
木室はやや笑顔の質を変えながら言った。駄々をこねる子供に向けるような微笑。実際子供以上に歳は離れているのだから、彼女からすれば可愛いものなのかもしれない。
「出せるんですか?」
「ええ。呪詛とか怨念とかを込めて、相手にぶつけるのです。先程の黒い霧のようなものですね。すると相手は体に変調をきたしたり、彼我の実力差が大きいと最悪それだけで死に至ることもあるそうです」
仁は木室の説明を引き攣った笑みで聞いていた。
「……もっと建設的なものがいいんですが……」
木室も返す言葉がなく、心配げな奈々華と顔を見合わせた。
木室と別れて、また部屋に戻る二人は廊下を歩きながらそれぞれの新しい精霊について思うところを話していた。結局、仁は青鬼に静と名づけた。かなり投げやりな命名にも、忠誠を誓う青鬼は真剣そのもので、青い鞘、青い柄の真っ青な真剣となった。
「しょうがないよ。お兄ちゃんはきっと才能がありすぎるんだよ」
励ます奈々華の声は弾んでいる。世辞とは一概に断定しきれないのは奈々華が仁に言っている言葉だから。
「才能は知らんが、もうあの岩には二度と触らん。このままじゃ全種コンプリートしちまう」
「お兄ちゃんが鬼で、私は猫?」
仁がちらりと奈々華の胸の辺りに眠る赤猫を見た。仁が軽口を交えている内は、そこまで深刻に悩んでいないときだと奈々華は知っていた。でも軽口の中にも種類があって、本当は気にしている場合と全くしていない場合がある。奈々華はその見極めが出来なくなっていた。三年の隔たりがさせた。
「……でもすごいよね? 岩に触るだけで精霊が出てくるなんて」
だから話を変えた。
「どうだろうね。岩は神聖なものと考えられたりもするからね」
そんな機微が分からない仁でもなかった。だから乗った。詳しくと奈々華は目で訴える。
「京都に瓜生石(注1)なんてあるだろう? 中国でも孫悟空(注2)が岩から出てくる」
昔の人はそういう信仰があったんだよ、と優しく付け足す。奈々華は殊更目から鱗が落ちたような顔で兄を見上げた。仁の顔は苦々しげなものに変化していた。
「それにしても明日から学校か……」
イヤだな。行きたくないな。子供のように嘆く。
「そんなに嫌なら断れば良かったのに」
「……あのまま帰っても後味悪いだろ?」
困っている人間を捨て置いて、元いた世界に帰る。当初の契約は果たしたとは言え、確かに気分のいいものではない。
「だったら文句言っても仕方ないじゃない」
奈々華の機嫌は急降下。てくてく先に歩き出した妹の背を、仁は首を小さく振りながら見つめた。
「冷たいな……」
注1:うりゅうせき。牛頭天王が最初に影向したとされる影向石。平たく言えば神様が降臨した有り難い石。京都の道の真ん中に柵で囲まれ、祀られている。
注2:オラ、なんだかムラムラしてきたぞ